コラム
2009年01月28日

今こそ大切にしたい「直感力」

金融研究部 チーフ株式ストラテジスト・年金総合リサーチセンター兼任   井出 真吾

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先日、あるファイナンスの論文を読んだ。『定量的な予測モデルを作成する際に、過去のデータによく適合するようにモデルを調整し過ぎると、未来の予測能力がむしろ低下することがある』という内容だ。例えば、株式投資モデルを作る際には、(言うまでもなく将来のデータは利用できないので)過去データでモデルの性能をチェックするが、使用するファクター(PBR:株価純資産倍率やPER:株価収益率など)の組み合わせ比率を調節して性能を高めることができる。しかし、あくまでも過去の性能が高くなったに過ぎない。

自然科学のように因果関係がはっきりしている分野では、例えば、「水素分子2つと酸素分子1つを化学反応させると、必ず水分子が2つできる(適切な条件下で化学反応を起こさせた場合の話である)」といった具合に、確実に“過去=将来”となる。

一方、不確実性がある分野の身近な例として、高速道路の渋滞予測を考えてみよう。過去データを基に目的地までの予想所要時間を教えてくれる、とても便利なサービスだ。しかし、仮に「予想所要時間60分」でも、突然の天候悪化や交通事故発生という不確実要素があるため、過去データを鵜呑みにすると遅刻してしまうこともある。いま話題の定額給付金を巡る議論でも、前回(故小渕内閣時代)の経済効果を根拠に今回の有効性を主張する声もあるが、当時とは経済状況が異なる上に、消費税増税も確実視され、更に現金での支給となると(前回は期限付き商品券のような形で支給)、“前例”と同じような経済効果が実現するか疑問が大きいところだろう。株式投資や企業経営も同じく不確実性がある。このように、不確実性のある分野においては、過去データを重視し過ぎるとむしろ判断を誤る可能性が高まるということだ(定額給付金の効果の程はこれからだが)。つまり、冒頭に紹介した論文は、必ずしも過去と整合的でなくても、将来に向けて適切に判断することの必要性を示唆しているのだろう。

日本人は“前例を好む”と言われるが、前例に囚われずに適切に判断できるのだろうか。かつて、本田宗一郎氏(本田技研工業の創業者)は、バイクのマフラー(エンジンの排気ガスが外部へ排出される際の音を低減する装置)を改良する際、火で炙った金属パイプを、軍手を何重にもはめた手で曲げていた。なかなか理想の曲がり方にならず、失敗作と火傷を繰り返していた。見かねた同僚が、「前のように機械を使えばいい」と言うと、「人間は時として機械よりも正確な仕事をする」と聞かず、最終的に自身の手だけで理想のマフラーを完成させたそうである。

過去のデータや事例、これらをベースに作られたマニュアルや規準書などは、流れ作業や安定した状態においては、作業効率化や安全性向上など有効に機能するだろう。これらを否定するつもりは全くない。しかし、世界的な景気減速、経済・金融市場の混乱が収まらず、世の中の不確実性・不安定さが高まっている現在、予測や判断に際しては、前例やマニュアルに依存し過ぎず、人間が本来持っている適応力・応用力・直感力が一段と重要になっているのかもしれない。

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金融研究部   チーフ株式ストラテジスト・年金総合リサーチセンター兼任

井出 真吾 (いで しんご)

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株式市場・株式投資

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