コラム
2009年01月19日

社会保障と経済成長

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任   北村 智紀

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年金、介護・医療などの社会保障については、これまでセーフティーネットとしての役割が重視されてきたが、これ以外に、産業・雇用創出効果や内需拡大効果などの経済成長効果も注目されている(京極(2006)など)。

 簡単に言えば、社会保障が手厚くなると、その分、保険料や税負担が増え経済成長が抑制されるが、これに対して、サービスを提供するために資本や労働が投入されれば、成長に貢献するはずだという主張である。問題は、前者と後者のどちらの効果が大きいかであろう。

実証研究の多くは社会保障と経済成長には負の関係、つまり、社会保障の規模が大きくなると、経済成長にマイナスの効果があるとしている。古川・高川・植村(2000)は、社会保障の規模を測る指標の一つである国民負担率と経済成長率の間には負の相関が見られ、また、同様な関係が、国民負担率と貯蓄率、資本ストック率にも見られるとしている。

 茂呂(2004)は、政府の規模と経済成長の関係について分析し、政府の規模と経済成長には負の相関関係が見られ、特に、政府消費のマイナス効果が大きいこと、社会保障関連支出と経済成長との間も負の関係であるが、政府消費等と比較するとマイナス効果は小さい場合が多いとしている。

 また、加藤(2006)も、社会保障関連支出の規模が大きくなると、経済成長に負の影響をもたらすことを分析している。これに対して、岩本 (2006)は、データに現れた関係が社会保障負担と経済成長との因果関係を必ずしも反映せず、別の変数が負担と成長に影響を与えることにより、見せかけの相関が形成されている可能性を考慮しなければならないことを指摘している。

 また、国民負担率が71.4%(2002年)であるスウェーデンの国際競争力が高いことや、わが国の最近の競争力低下は、円高と労働生産性上昇率の低下で説明できることから、社会保障と経済成長の関係は必ずしも判然としない(厚生労働省(2005))という意見もある。

このように、社会保障と経済成長との関係については様々な主張があり、議論が十分に尽くされたとは言い難い。

 特に、経済成長へのマイナス効果については、税金や保険料などの負担が増大すると消費や雇用が減少するという直接的効果を主として分析したものであるため、(1)社会保障が充実すると、家計は将来に対するリスクの低減を認識し、消費を増やす可能性があること(いわゆる予備的効果)や、安心度が高まるために、質の高い労働力を確保できる可能性があること、(2)高齢化により需要増が見込まれる医療・介護分野では、今後、多くの支出が予測されるが、同時に、雇用の創出などによる内需拡大効果が期待できること(京極(2007))や、社会保障国民会議(2006)が指摘するように、サービス供給体制について一定の改革が行われれば、経済成長にも貢献する可能性があること、については十分に考慮されておらず、更に新たな実証研究が必要と考えられる。

また、社会保障と経済成長の関係を分析する場合には、社会保障が金融全般に及ぼす影響を考慮する必要もあろう。税金や保険料などの国民負担率が増加すれば、わが国の財政状態は改善し、債券や株式などの期待リターンの数値にも影響があるはずである。

 このような変化は、年金積立金を運用する場合に、どの程度リスクをとるべきかという判断を変えさせる可能性があるし、年金給付額を実質的に削減するために導入されたマクロ経済スライドを通して、年金の給付水準にも影響を与えるはずである。

このような効果を分析に含める場合、これまでの実証研究とは異なった結論になる可能性がある。分析の結果、たとえ社会保障が経済成長に対してプラスの効果が乏しいとしても、経済にどの程度の下支え効果があるのかを明示的に示すことができれば、社会保障支出への理解が今より加わるはずだと思われる。

これまで、景気減速・後退時のわが国の景気対策と言えば、公共事業が主流であったが、従来型の公共事業では、生活に必要なインフラ整備の意味はあっても、需要を喚起する効果は昔ほどではないと言われている。これに対して、社会保障に副次的な経済の下支え効果があるとすれば、この点も考慮に入れて、将来の社会保障支出の多寡を検討すべきであろう。

参考文献
[1] 岩本康志 (2006)「社会保障の規模拡大は経済に悪影響を与えるのか」『季刊社会保障研究』Vol.42 No. 1
[2] 加藤久和(2006)「社会保障の規模と政府の役割」『季刊・社会保障研究』Vol.42 No.1
[3] 厚生労働省(2005)『社会保障と経済について』
[4] 京極髙宣(2006)「社会保障と日本経済」『季刊・社会保障研究』Vol.42 No.4
[5] 京極髙宣(2007)『社会保障と日本経済』慶応義塾大学出版会
[6] 社会保障国民会議(2006)『社会保障国民会議・最終報告』第12回社会保障審議会年金部会資料3-2
[7] 古川尚史・高川泉・植村修一(2000)「国民負担率と経済成長」『日本銀行調査統計局Working Paper
   Series』
[8] 茂呂賢吾(2004)「政府の規模と経済成長」『ESRI Discussion Paper Series』No.103

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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任

北村 智紀 (きたむら ともき)

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年金運用・リスク管理、公的年金

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