コラム
2008年09月09日

労働と設備への適正な付加価値分配~法人税引下げが経済成長につながる前提条件~

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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筆者は6月26日付の本コラムにおいて、我が国の国家戦略の全体最適化のために、法人税引下げを検討すべきであると主張した。各経済部門に分配される付加価値(GDP)というパイを創出する企業部門への減税が経済成長促進の必要条件であると考えられるが、それだけでは十分ではない。法人税引下げが実際に持続的な経済成長につながるかどうかは、企業側の付加価値分配行動にかかっていることを確認しておきたい。

企業が減税によるキャッシュフローの増分を設備投資や雇用・賃金に回さずに現預金として手許に留保してしまえば、経済波及効果は期待できない。企業が労働分配を高めて従業員のモチベーションを向上させつつ、戦略的な投資を増加させなければ、減税は持続的な付加価値創出につながらないだろう。

筆者は「スマイルカーブ現象の検証と立地競争力の国際比較」『ニッセイ基礎研所報』2007年Vol.46において、自動車および電機産業における代表的企業の付加価値構造を我が国と欧州の間で比較し、(1)付加価値率(付加価値÷売上高)では欧州企業が日本企業を上回っていること、(2)付加価値の分配面では欧州企業は労働分配率が極めて高い一方、日本企業は営業利益への分配が比較的高いことを示した。

欧州企業には株主価値を減じることなく、人的費用に厚く分配するという高いハードルが課されているために、必然的に高い付加価値率を追求しなければならず、付加価値の高い事業へ集中していく企業行動が定着しているのではないだろうか。欧州では、取締役会に労働組合を組み込む独特のコーポレートガバナンスを導入するなど、高水準の労働分配率と高付加価値型経営を是認・促進する社会システムが確立されているようにみえる。

一方、我が国でも高付加価値型経営を目指す企業が多いものの、欧州との比較では、そのような形が確立されているとは言い難い。相対的に低い付加価値率をカバーするため、労働分配を抑え営業利益を捻出する、どちらかと言えば大量生産型経営に近いようにみえる。

財務省「法人企業統計」を用いて、我が国の製造業全体の付加価値分配について、前回の収益サイクルの山である2000年度と07年度を比べると、付加価値が約2.9兆円減少する中、営業利益は逆に約5.4兆円増加した。一方、人件費が約8.3兆円も減少しており、この間の増益はほぼ人件費削減によりもたらされたことがわかる。労働分配率は64%から58%へ低下した。他方、建物・機械装置など償却資産への分配を代理的に表す減価償却費は、若干の増加にとどまった。

多くの日本企業では、01年度のITバブルの崩壊以降、先行投資に耐えうる構造へ底上げするために、過剰な労働や設備を適正規模へ削減することにより、営業利益を捻出することに迫られていたとみられる。ただし、このような段階は従業員のモラルを維持し経営の求心力を保つため、明確な戦略の下に短期間で完了することが肝要である。

企業は本来、継続的な先行投資により付加価値を向上させ、労働分配を増やしつつ持続的な利益成長を図ることが求められる。目先の利益確保のみ優先するのでなく、労働(人件費)および設備(減価償却費)への適正な分配と利益成長を両立させることこそが企業のサステナビリティ(持続可能性)の観点から重要である。

企業側でのバランスのとれた付加価値分配行動は、法人税引下げが経済成長につながる前提条件として不可欠である。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

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