コラム
2008年09月01日

緊急総合対策の評価

櫨(はじ) 浩一

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1.今回の対策は痛み止め

政府は、8月29日「安心実現のための緊急総合対策」と名付けた、事業規模11.5兆円にのぼる経済対策を決定した。(2008年度予算の前倒し分を含む規模は11.7兆円)今回の経済対策は、見かけは2000年頃の森内閣や小渕内閣で策定された、非常に大規模な経済対策と並ぶ規模である。しかし、実態は補正予算で手当てされることになっている財政支出は1.8兆円に過ぎない。

過去の経済対策では公共事業の追加による需要喚起策が大きな役割を果たしていたが、今回はそれが前面に出てきていないということが大きな特徴だ。最終的に、年度内に定額減税を実施することが明記されたので、減税による需要の増加はあるが、これを除けばGDPを押し上げる効果は小さい。

この点について、今回の経済対策に対する批判があるが、これは筋違いだろう。そもそもこの経済対策の狙いは、大規模な需要追加を行うことではなく、急激な原油価格上昇などで苦境に陥った運送業への支援など、いわば「痛み止め」という性格のものだ。
最近の経済対策

2.2000年頃とは大きく異なる現状

今回の経済対策で大規模な需要喚起政策をとる必要があったのかと言えば、現時点では疑問だろう。大規模な経済対策が必要だった2000年頃と、現在とでは状況が違う。90年代末から2000年頃にかけては、日本経済の需要不足の規模はGDPの4、5%という大きなものであった。企業が設備・雇用・債務の3つの過剰問題に苦しんでおり、財政政策による需要の押し上げなしには経済はどこまでも沈んでいく恐れがあった。しかし、内閣府の推計によれば4-6月期のデフレギャップは0.2%に過ぎず、誤差も考えればほとんどゼロと言っても良い水準で、企業の過剰問題もほぼ解消されていると言って良い。

現在の日本経済の問題は、原材料価格の高騰による海外への所得流出と米国のサブプライム問題による海外経済の低迷である。日本のGDPをできるだけ強く押し上げれば、それだけ確実に景気が回復基調に戻るというものではない。海外の状況によってはある程度の期間にわたって景気の低迷が続く恐れもある。この観点からは、定額減税を今回盛り込んだことは早くカードを切りすぎて政府の借金を増やすだけに終わり、ただでさえ厳しい財政状況をさらに悪化させることになる恐れもある。

もっとも、減税の規模や手法、財源などについては年末の税制改正時まで先送りとなっており、また今後の景気動向によっては、結局ある程度の需要喚起策が必要になることも考えられるので、現時点で断定的な評価を下すことは難しい。

3.一時しのぎにもそれなりの意義

「痛み止め」というべき政策が並んだ点について、厳しい意見も聞かれるが、筆者はやむを得ない措置であったと考える。こうした政策を無駄だと考えるのは、例えば原油高に苦しんでいる企業は最終的には業態の転換や省エネ技術の採用などによってエネルギーコストを削減して自力で苦境を乗り越えるしかなく、支援策は延命策や一時しのぎにしかならないと考えるからだ。

支援策が抜本的な問題の解決には至らないものであり、一時しのぎに過ぎないという批判は正しい。しかし、実際に苦境にある人々が何らかの対応をとるにも時間が必要だ。事業の転換や新技術の開発、採用という対応をとるにも、時間が必要である。今回の対策がその時間稼ぎに多少でも役立つのであればそれなりの評価ができるのではないだろうか。
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