コラム
2008年08月19日

蟹工船ブーム

櫨(はじ) 浩一

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1.突然の蟹工船ブーム

小林多喜二の小説「蟹工船」がブームになっている。昭和4年に最初に出版されたもので、プロレタリア文学の代表作とされる。古典の類に入る小説だから、主要な文庫には入っているが、作者には大変失礼だが、元々はそれほど人気のあった小説とは思えない。

急に話題になるようになったのは、ワーキングプアと呼ばれる人達がこの小説に自分達の姿をダブらせて、強い共感を覚えることにあるようだ。若い人々の間に、パートや派遣労働など、いわゆる非正規雇用と言われる形態の雇用が増加していることが背景にあり、活字離れが著しいと言われるこの世代にも読まれているという。文庫本は、驚くべき売り上げの伸びを見せているらしい。

2.上昇を示すジニ係数

近年の日本では、所得の格差を表す指標であるジニ係数は上昇の動きを見せている。1993年に0.3645だった所得再分配後のジニ係数は、2005年には0.3873に上昇している。引退無職となった高齢者が増加したことから、当初所得のジニ係数が同じ期間に0.4394から0.5263へと上昇していることに見られるように、人口構造の高齢化が大きな役割を果たしていることは確かだ。しかし、若年層など同じ世代内での賃金格差などが拡大する動きも見られ、ジニ係数の上昇を格差問題が拡大している証と考えるべきかどうかは議論が分かれている。

事実として格差が拡大しているのかどうかなど、データに基づくもっと厳密な検証が必要であることは言うまでもない。しかし、こうした事実の確認作業とは別に、人々が格差が拡大していると感じており、それが問題であると考えていることは、社会の安定という観点からこの問題に何らかの対応が必要であることを示しているのではないか。

3.改革の継続に必要な格差対策

小林多喜二の世界や、啄木が「はたらけどはたらけど、猶我が生活(くらし)楽にならざり、ぢっと手を見る」と読んだ時代に比べれば、現在のワーキングプアの生活はずっとましだろう。しかしどんなゲームでも、誰かが負け続けるようであれば、ルール自体がおかしいという声が上がる。「一生懸命に働いているのに、なぜ自分達はまともな生活ができないのか」という不満は、そもそも社会のルールや仕組みがおかしい、という方向に行きかねない。

格差問題を取り上げると、改革に逆行するという批判を受けることが多い。しかし、格差問題への対応をうまく行わなければ、改革への反対が強まって頓挫してしまう恐れが大きくなるのではないだろうか。
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