コラム
2008年07月28日

介護の日

  山梨 恵子

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7月27日、厚生労働大臣は、都内で開かれた「福祉人材フォーラム」(厚生労働省・全国社会福祉協議会共催)で、11月11日を「介護の日」に定めることを公表した。語呂合わせで『いい日いい日』という意味合いがあるらしい。公表に先立って日にちや名称に関する意見を国民に求めた際には、「介護の日」の目的を「介護についての理解と認識を深め、介護従事者、介護サービス利用者及び介護家族を支援するとともに、利用者、家族、介護従事者、それらを取り巻く地域社会の交流促進を図る観点から、高齢者や障害者等に対する介護に関する普及啓発を行うこと」とし、舛添大臣自ら「介護に携わる人たちが生き生きと、社会から尊敬されて仕事ができるように」と説明した。あえてこの時期に打ち出してきたのは、先行きの見えない医療・介護の問題を国民レベルで認識し、改めてその深刻さを受け止めて欲しいという意図が見え隠れしているようにも思える。

「介護の日」は、休日になるわけではないので、関心のあるなしに関わらず、直接大きな影響があることはなさそうだ。しかし、この件に関するアンケート結果やネットへの書き込みをみると、介護の現場にいる実践者ほど否定的な意見が多いことに気がつく。「小手先の思いつき」「机の上だけでものを考えている」「記念日よりも処遇改善が先」などなど当事者の声は手厳しい。何よりも、「介護」を特別扱いすることへの反感が強いようで、感謝するとか、されるとか、尊敬や敬意を持たれるということよりも、周囲の人が高齢者介護を生活の中で当たり前に受け止め、高齢者の尊厳をともに支えあう関係でいることの大切さを訴えているようにも感じられる。確かに、この「介護の日」を敬老の日や勤労感謝の日と同じように、単なる感謝の日にしてしまっては、当事者まかせ、専門職まかせの感がますます強くなり、国民レベルで介護を考える機会にするのは難しい。

「介護の日」に意義を見出すとすれば、「介護への理解」を介護者の負担感だけで捉えてしまわずに、大勢の人間が関心を持つことで何が変えられるかのメッセージをしっかりと持ち、それを伝えていくことだろう。我々がこれまで持っていた「介護」のイメージは、家族・介護者の心身の負担感であり、終わりの見えない介護の日々での疲労困憊した姿や、孤立感、閉鎖感といった負の印象が強い。それは、在宅の家族介護であろうと、施設等の専門職による介護であろうと、介護は当事者だけの問題として、特別の場所で『面倒をみる』という認識が強いからだ。『地域社会の交流促進を図る観点から』の意味は、従来、閉鎖された自宅や施設の中で行われてきた介護を地域で支えてくしくみに展開していくという意味を含んでいる。介護保険制度施行以来、市町村自治体が担う役割はますます重要になり、地域包括ケアや地域密着型サービスの普及など、介護の現場は地域単位で動き始めている。さらに、個々の介護事業者の活動も、地域資源や地域住民との関わりを重視しながら、高齢者の暮らしに地域の力を活かす方法を模索し始めている。たとえ家族に要介護者がいなくとも、直接的な身体ケアに携わる人でなくとも、地域住人として、社会の一員として、高齢者を支えていく1人だという意識を持つことが求められている。

介護実践現場では、「高齢者の尊厳を支える支援」「その人らしい暮らし方の支援」など、介護の本質に近づきながら、実践者の惜しみない努力が続けられている。こうした努力が、地域との相互関係によってさらに豊かなものに変えられることを、「介護の日」を通じて多くの人に気付いてもらう機会にしていきたいものだ。

山梨 恵子

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