コラム
2008年01月07日

ゴア氏とIPCCのノーベル平和賞が意味するもの(その2)

川村 雅彦

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【世界の平和問題につながる地球温暖化】

地球温暖化(気候変動)を放置すれば、いずれ世界平和を脅かすことは国際的にはもはや常識である。地球温暖化に伴う異常気象や海面上昇は、特に開発途上国の食糧危機や貧困を増幅し、国土を奪うことで大量の「環境難民」を生むことになろう。さらに、先進国を巻き込んだ資源争奪戦が激化すれば、人類全体の安全を揺るがす可能性もある。米国の国防総省でさえ、2003年のいわゆるペンタゴン・レポートで、テロより恐い気候変動と訴えている。

今回のノーベル平和賞の選考理由でも、「大規模な気候変動は人類の生活条件を脅かし、大規模な住民移動や資源獲得競争の引き金となり、地域内紛争や国家間の戦争勃発の危険性が増す。」と指摘している。つまり、地球温暖化に伴う水不足・資源不足や貧困などが、間接的に地域紛争の原因になることは十分あり得る。この意味で、地球温暖化は世界平和と結びつく。

しかし、世界のメディアには、人権抑圧や独裁・圧政あるいは地域紛争などのより直接的な平和問題が山積するなかで、この時期になぜ地球温暖化なのかとの批判がある。仮にノーベル平和賞をある政治的意図を持って授与したとすれば、その価値を損なうという指摘もある。つまり、今年になってEUが挑戦的な数値目標(EU全体として温室効果ガスの排出量を2020年までに1990年比20%削減、先進国には30%削減を要求)を決定し、ブッシュ政権がこれに同調しない状況において、米国に圧力をかける意思表示という見方である。

もちろん、このような見方を否定できないし、これまでも平和賞に限らずノーベル賞には様々な批判があった。ノーベル賞は人類の繁栄にかかわる権威ある賞には違いないが、あくまでも北欧に本拠をおく民間財団の価値観に基づくものである。したがって、平和賞選考委員会の今回の受賞者決定に政治的意図があったとしても、それ自体を非難することはできない。むしろ、そのメッセージを受け止めるべきであろう。

【議論を呼ぶゴア氏の受賞】

それでは、なぜゴア氏なのか。この点について、選考委員会は「地球温暖化問題の啓発における最大の功労者」と評している。環境問題はゴア氏のライフワークであり、1992年には「地球の掟」を出版し、世界でも環境問題に造詣が深い政治家の一人である。映画「不都合な真実」では、静かだが信念に満ちた語り口で観た者の心情に訴え、何かしなくてはという気にさせる。

しかしながら、ゴア氏の受賞については、環境派のなかにも違和感をもつ人がいる。その理由を集約すると、ゴア氏の具体的な成果が曖昧であり、温暖化問題への関心を高めることと、実効性のある対策を講ずることとは違うというものである。人によっては、途上国の参加しない京都議定書を推し進めた張本人であると指摘する。

このような批判は的外れではない。しかし、COP13でバリ・ロードマップが合意された現在、改めて振り返ると、地球温暖化について世界の人々が共有できる言葉「不都合な真実」を普及させたゴア氏の功績は、やはり大きいと言わざるを得ない。地球温暖化と世界平和を結びつけたノーベル平和賞選考委員会の判断もまた、歴史的な意味をもつと考えられる。その問題意識は、次の文章に象徴される。

Action is necessary now, before climate change moves beyond man’s control.
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