コラム
2007年11月12日

日銀総裁人事に見る金融政策の危機管理

櫨(はじ) 浩一

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1.欠ける危機管理

「万一こういう事態になったらどうすべきか」という議論に、必ずと言って良いほど、「そうならないようにするべきだ」という反論が出てくる。もちろん、最悪の事態に至らないようにする努力は重要だが、それでも防ぎ切れないこともある。最悪の事態にならない努力と、最悪の事態が起こった場合の準備とが両方あれば言うことは無い。しかし、往々にして最悪の事態を招かないための努力は不十分で、冒頭のような議論は単に最悪の事態は起こって欲しくないという願望に過ぎないことが多い。 我が国では危機管理という発想そのものが貧弱である。

緊急事態にどう対応するのか、誰にどこまでの権限があるのか、など重要なことは事前には何も決まっておらず、行われたことが後から超法規的措置として追認されるということが繰り返されてきた。しかし、このために緊急時の対応はどうしても遅れ勝ちである。最近読んだ新型インフルエンザについての本では、今の伝染病予防制度では危機管理が不十分で対応が遅れてしまい、海外で発生した新型インフルエンザが国内に持ち込まれることも、国内での感染の拡大を防ぐこともできず、徒に多数の人命が失われることになるという姿を描いていた。

2.金融政策における危機管理

こうした危機管理体制の欠如は、我が国では至るところに見られ、金融政策もその例外ではない。日銀の現正副総裁の任期は2008年3月19日までであるが、衆議院と参議院の与野党がねじれている現状では、後任の選任に混乱も予想される。法律は衆議院で可決された法案が参議院で否決された場合にも、衆議院で三分の二の多数で再可決されれば成立するという安全弁が用意されている。しかし、国会の同意人事ではこのような規定はなく、衆参両院の同意が必要である。福井現総裁の後任として最も有力とされているのは武藤副総裁だが、副総裁就任に際して民主党が反対したという経緯がある。他にも数名の方々の名前が挙がっているが、早々に日銀総裁人事について与野党の合意ができればよいものの、下手をすると与野党対立、解散総選挙のあおりを受けて任期切れまでに新正副総裁が選任されないという異常事態も予想される。サブプライムローン問題で世界の金融市場が不安定化しており、金融政策の舵取りがただでさえ困難を極める中を、日本の金融政策は正副日銀総裁が欠けるという異常な形で乗り切らねばならないことになるかも知れない。

3.正副総裁の任期の調整を

1998年に現在の日銀法が施行されて以降、金融政策は様々な点で改善されたが、正副総裁の任期についての危機管理には問題が残った。もちろん現日銀法の下でも、正副総裁が欠けても残りの審議委員で金融政策の決定はできるようになっている。正副総裁以外の審議委員の方々も、すぐれた見識をお持ちの方々ばかりであるが、正副総裁の重みはまた別格である。

今回は期限までに正副総裁が選任される事になり、日銀執行部が空席になってしまうという心配は杞憂に終わるかもしれない。しかし、政治情勢次第で再び同じような問題が発生する可能性があるだろう。これを機会に、金融政策の危機管理の観点から3人の正副総裁の任期切れが重ならないように調整すべきではないだろうか。
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