2007年06月25日

スマイルカーブ現象の検証と立地競争力の国際比較 ~我が国製造業のサプライチェーンに関わるミクロ分析と政策的インプリケーション~

社会研究部 上席研究員   百嶋 徹

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1.
我が国の製造業は、サプライチェーンの付加価値・収益構造を業務工程別に把握した上で、国際競争力を有する業務工程を国内で維持・強化し、国内の付加価値向上につながる国際機能分業体制を構築していくことが求められている。サプライチェーンの実態に則して、より細分化した工程別の付加価値・収益構造を把握するためには、個別企業の財務データを用いた分析が必要となる。
2.
サプライチェーンの各業務工程に分類された主要企業の付加価値率あるいは償却前営業利益率(EBITDA マージン)の平均値をとれば、我が国の自動車産業および電機産業において「スマイルカーブ」が概ね成立しているとみられる。欧州の自動車産業においてもほぼ同様の結論が得られた。
3.
スマイルカーブ現象の検証から、我が国の自動車産業および電機産業のサプライチェーンにおいて、材料や部品など川上の業務工程では付加価値率が高く、かつ相対的に設備集約的であることがわかった。我が国企業が強みを持つ、これらの川上工程の国内集積を維持・促進するための環境整備が求められる。
4.
加工組立工程では付加価値率が相対的に低いものの、完成車メーカーのように、サプライチェーンの中核を成して付加価値規模が相対的に大きい面もある。国のGDP規模を維持するためにも、川上工程に加え、比較優位な加工組立工程を国内に集積させることも重要である。そのためには加工組立工程が技術開発、設計・試作、部材・生産設備内製などの機能と一体化を図り、マザー工場に進化することが求められる。
5.
主要企業の付加価値構造の国際比較から、欧州企業では労働分配率が極めて高い一方、我が国企業では営業利益への分配が比較的高いという傾向が見られた。多くの日本企業では、先行投資に耐えうる構造へ底上げするために、過剰な労働や設備を適正規模へ削減することにより、営業利益を捻出することに迫られていたとみられる。企業のサステナビリティ(持続可能性)の観点からは、労働(人件費)および設備(減価償却費)への適正な分配と利益成長を両立させることが重要であると考えられる。
6.
製造業の国際競争力は、経営能力や技術力など企業そのものの競争力に加え、工場立地に関わる制度面にも大きな影響を受ける。従って、我が国に立地する製造業が高い国際競争力を維持するためには、我が国が企業立地に関わる制度面での優位性を持つことも求められる。
7.
自動車、半導体、液晶パネルを分析対象とした事業所投資回収シミュレーションによれば、我が国での立地における投資回収期間は、2007 年度税制改正による減価償却制度の見直しを織り込んでも、韓国、中国、台湾のアジア主要国より長いと試算された。
8.
国内立地には、部材産業の集積や熟練労働力の活用など比較優位な側面もある。合理的な企業であれば、国内立地のこれらの優位な側面と税制面での劣位を比較検討した結果、比較劣位な側面が比較優位な側面を上回れば、海外移転を進めざるをえないであろう。このため政策側には、産業集積や産業人材など国内立地の比較優位な側面を維持・強化する施策とともに、税制面での比較劣位を解消していく施策が求められる。特に材料・部品など設備集約的な川上工程の国内立地を促進するため
には、投資回収(キャッシュフロー)に大きな影響を与える法人課税制度について国際競争力の観点からの配慮が不可欠であると考えられる。
9.
半導体産業では設備集約度が高く、減価償却制度および実効税率の違いが立地条件の競争力に大きな影響を及ぼす。先端ラインへの投資額は、技術の世代交代に伴い増加の一途を辿っていくため、法人課税制度の優劣は企業の立地選択において今後ますます重要な要素となってくるだろう。実際、我が国唯一のDRAM メーカーであるエルピーダメモリは、昨年末に台湾での最先端工場の合弁投資計画を発表した。同社は我が国を含む内外の複数の立地候補地を比較検討したとされ、合理的な立地最適化の結果、我が国が選択されなかったとみられる。
10.
減価償却制度については、2007 年度税制改正により残存価額が撤廃されたものの、自動車、半導体、液晶パネルの償却期間は主要な競合国より長くなっており、競合国の水準並みに短縮することが望ましいと思われる。加えて、アジア立地に対する競争力を抜本的に強化するためには、法定実効税率のさらなる引下げも検討課題であるように思われる。
11.
我が国の製造業は全体としては海外企業に比べ低収益にとどまっている。需要増に合わせた先行投資が十分に行われず、競争力のある設備への更新が進まないことに起因し、根底には長期ビジョンを欠く横並びの投資行動があると思われる。仮に我が国でアジア主要国並みの税制の恩典が整備されたとしても、我が国企業が横並びの経営マインドを維持し、現状の低収益構造のままであるとすれば、課税所得が赤字となり税制の恩典をフルに享受できない可能性がある。税制の恩典をフルに享受する前提として、横並びの投資行動=低収益構造から脱却する経営努力が不可欠であろう。
12.
我が国の半導体および液晶パネルの減価償却期間は、競合するアジア主要国に比べ長く設定されている。生産工程に用いる製造装置は各国間で大きな差異がないにもかかわらず、償却期間に大幅な格差が生じている。アジア主要国では、国が描く産業構造ビジョンの中で強化すべき産業領域に対しては、国際的に比較優位な法人課税制度を設定するという、産業政策と租税政策の一体化を図った明確な国家戦略が採られている。我が国においても、国として強化すべき産業領域の明確化と、産業構造ビジョンと法人所得課税体系の最適化を図ることが求められる。

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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、産業立地、地域クラスター、イノベーション、企業不動産(CRE)、環境経営・CSR

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