コラム
2007年06月25日

物価上昇率はなぜ高まらないか?

経済研究部 専務理事   櫨(はじ) 浩一

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1. 需給改善でも安定する賃金・物価

いざなぎ景気を超える長期の景気拡大によって雇用情勢は改善し、一時は5.5%もあった失業率もこの4月には3.8%に低下した。失業率が3%台になったのは98年3月以来のことで、約9年ぶりのことである。日本経済の実際の需要と潜在的な供給能力との乖離を示す需給ギャップも、内閣府の推計によれば1-3月期は0.9%の需要超過となり、需要超過幅はバブル崩壊後の92年1~3月期の1.2%以来の高い水準となった。
経済学の授業の、一番最初に教えられることは、価格は需要と供給の関係で決まっており、供給が需要に追いつかなければ価格は上昇し、需要が不足すれば価格は低下するということだ。日本の需給ギャップは長年にわたって大幅な供給力超過の状況にあり、物価下落をもたらしてきた。
4月の消費者物価(生鮮食品を除く総合)は前年比マイナス0.1%の下落となっており、所定内給与は前年比マイナス0.7%と下落を続けている。これだけ需給が改善したのに物価上昇率も賃金上昇率もなぜ高まらないのだろうか?

2. 賃金・物価安定の要因

消費者物価の上昇圧力が抑制されている背景には、グローバル化や規制緩和などによって、企業間の競争が厳しくなっているという環境がある。GDPで計算される需給ギャップは、日本の国内の供給力と需要の関係を見たものだが、国内の供給力が不足しても輸入によって補われてしまうということがあり、国内の需給ギャップと物価上昇率との関係が弱まっていることも指摘されている。

図1


失業率と賃金の関係も弱まっている。失業率と物価上昇率や賃金上昇率との関係を表すフィリップス・カーブがフラットになって、失業率が低下しても物価や賃金は上昇しにくくなっている。厳しい雇用環境が長年続いたことで、労働組合も賃上げよりも雇用の安定を志向するようになっている。日本のフィリップス・カーブを描いてみると、1990年代以降はほとんど水平になっており、失業率が変動しても物価や賃金の上昇率にはほとんど影響しないという関係になっている。

3. 期待次第で大きく変化も

インフレが問題となっていた時代には、「低めの失業率を実現しようとしてインフレを容認していると、次第にフィリップス・カーブの傾きが急になってきてしまう」、ということが指摘されていた。需給ギャップや失業率と物価上昇率や賃金上昇率との間の関係には、人々が物価上昇率はどの程度になると考えているのかという、予想が重要な役割を果たしている。経済の需給逼迫の程度や失業率が同じであっても、人々が物価の動向についてどのように考えているのかによって、物価上昇率に与える影響は異なる。多くの人が物価は上昇しないと思っている中で値上げを行えば、顧客の流出などによって売上が落ち込む危険が大きいので、企業は極力値上げを回避しようとする。逆に人々が物価が上昇すると予想している中であれば、値上げは容易である。
物価上昇率と需給ギャップや失業率との関係が弱まって、フィリップス・カーブのフラット化などの現象が見られた背景には、日本経済がデフレに陥って物価の下落からなかなか抜け出せそうもないという状況が続き、人々が物価はなかなか上がらないと考えるようになったことも大きな要因である。消費動向調査で見ると、昨年夏をピークにガソリン価格が下落したことなどから、5月の調査でも依然として約4割の人々が物価は上昇しないと予想している。

人々の予想がどのようにして形成されているのかは、良く分かっていない。消費者や企業の予想は、変化に長い時間がかかる様にも見え、意外に急激に変化したりもする。構造変化によって物価は上がり難くなっている、と決め付けることは危険であろう。

図2



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経済研究部   専務理事

櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野
マクロ経済・経済政策

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