コラム
2007年04月06日

米国の高額役員報酬への批判の背景

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1. 拡大する一方の所得格差

ブッシュ大統領は、年頭の一般教書に続いて、ウォール街に出かけて経済演説“State of the Economy”を行い、その中で高すぎるCEOの報酬を批判した。既に、来年の大統領選挙に向けてスタートが切られた状況にあり、こうした行動も当然それを意識したものと言える。大統領選挙では、外交ではイラクを始めとする中東問題、内政では減税・社会保障(医療・年金)等の取り扱いが争点となるのは必至の情勢だからだ。ただし、大統領の警告後も高額報酬が次々と報道されており、この問題への批判は直ぐには収まりそうもない。

なぜCEOの報酬が批判に晒されるのか。第一に、所得格差や貧困層の拡大が挙げられる。最近では日本でも格差が問題とされているが、米国では貧困層が増加する一方で、経営トップの報酬が突出するなど所得格差が一層明瞭化している。所得別に世帯数を5等分した日米の統計で比較すると、最上位20%が所得全体に占めるシェアは、日本が40.1%であるのに対し、米国は50.4%と5割を超える。さらに日本の上位10%の所得シェアが24.1%であるのに対し、米国は上位5%で22.2%に達する。一方、最下位20%の世帯の所得シェア比較では、日本が6.7%であるのに対し、米国は3.4%に過ぎない (以上、2005年米商務省、総務省)。

しかし、一番の相違は、米国では一握りの人々に所得が集中している点であろう。先日(3/29)のニューヨークタイムスでもこの問題を取り上げ、トップ1%の所得シェアが、最近の上昇により大恐慌直前の1928年に急速に接近してきたと伝えている。このデータによれば、トップ層30万人にボトムから1億5千万人の米国人の所得総額が集中し、トップ層一人当たりの平均所得はボトム50%の米国人平均所得の440倍に達し、その格差は1980年の2倍になったとしている。これとは別に、CEOと一般社員の報酬格差が262倍(米経済政策研究所調査)とこの40年間で10倍以上拡がったことなども発表されている。

2. 強化される情報公開と監視の眼

CEOの報酬が批判されるもう一つの理由は、一部の企業のCEOの報酬が業績と無関係に拡大しているというもので、事例として頻繁に引き合いに出されるのが、就任時より株価下落をもたらしたホームデポ社のCEOが2.1億ドルの退職手当を受け取ったケースだ。また、巨額の赤字を計上したフォード社のCEOが多額のボーナス(600万ドル)を受け取り年収が1650万ドルに昇ると見られることにも批判が強い。

現在の役員報酬の決定過程で問題とされるのは、簡単に言えば、報酬を得る人と決める人が同じであることだ。比較の対象は他社CEOであり、特に同業他社との比較で同水準の利益を上げれば、同額の報酬を得てよいはずとの論理が働き、ある経営トップが高額の報酬を得ると、他社のトップに波及していくのである。こうした循環を止められるのは、利益配分を経営者と分け合う株主であろう。最近の株主は年金等の機関投資家の比重が高まっており、経営者の選出に係わるのも機関投資家である。そのため、業績に不釣合いの高額報酬については厳しい見方が強まっているが、業績を上げた経営者の報酬をどうコントロールすべきかについては、今後の課題とされよう。

ブッシュ大統領は、「取締役会の責任強化と業績に見合った報酬」が必要だとし、「昨年末には、公開企業の役員報酬の詳細な情報公開が求められるようになり、アニュアルレポートへの記載も実施される」こと等を強調したが、さらに、議会では役員報酬への株主の承認を求める議案が検討されるなど、現状では情報公開と、株主等による監視強化の方向での改善が練られている。

3. 格差解消には繋がらない現状の対応策

上記のような対応策がしっかりと取られるのであれば、業績に連動しない高額なCEO報酬が少なくなり、大株主の非難や怒りを緩和することとなろう。しかし、これで格差問題が解決するわけではない。業績を改善させたCEOの報酬の拡大が歯止めなく容認されるのであれば格差は一層拡大するからである。例えば、業績悪化に見舞われた企業が、大幅なリストラによって収益改善を図るケースはよく見られることであるが(前記のフォード社でも4万人規模のリストラを進めている)、多くの失職した従業員にとって巨額のボーナスを得た経営者はどのように映るのだろうか?

米国ではグローバリゼーションの進展を受け、雇用の不安定化が進んでいる。80年代に始まった海外への工場移設の動きは、94年のNAFTA締結以降加速し、未だに続いている。2001年のリセッション時に製造業の雇用は大幅に削減されたが、その後の景気回復にもかかわらず減少したまま推移している。また、中間管理職等のホワイトカラー層でも、コンピュータによる企業のダウンサイジング化と賃金水準の高さにより、91年のリセッション時にターゲットとされて以来リストラが常態化し、雇用の不安定化が著しい。現在、雇用が逼迫しているのは、専門性の高い人材や新規興隆産業などの経験者の少ない分野等に限られている。

一方、米企業の収益は、リセッション後の2002年以降、堅調推移にあるが、上記のようなリストラや既存の従業員を派遣・一時的あるいはパートタイム労働者に置き換えるなど雇用コストの削減を図った要因が大きい。こうした企業の役員報酬の財源は、雇用コストの削減や雇用の不安定化と表裏一体を成すものと言えよう。企業が収益極大化のために雇用コストを削減し、それによって拡大した利益を財源に経営者の報酬が上積みされるのであれば、所得格差の拡大は当然の帰結とも言えよう。

さて、貧困層の拡大は確実にマイナスの要素である半面、高所得層の増加による格差拡大は、競争社会では必然的なものとする議論がある。ただし、こうした所得格差拡大に、所得減税が寄与したことも事実であろう。昨年の中間選挙での民主党の躍進は、主にイラク問題への失策が主因とされるが、底流にはこうした問題も控えており、民主党は中産階級重視の方針を打ち出しつつある。イラク問題が依然解決の方向性を見出せず、さらにこうした課題を抱えたまま大統領選挙に突入するのであれば、再び中間選挙と同様の結果を招くこととなるのではないだろうか。

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