コラム
2006年11月21日

続く中国の高成長とマクロ・コントロール

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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1.コンセンサスは投資・輸出主導の高成長

11月上旬、北京、上海を訪問し、複数のエコノミストの中国経済に関する見方を聞く機会に恵まれた。
中国では、今年に入って、不動産市場の構造調整策、投資案件や土地使用に関する取り締まりの強化などが相次いで実施され、金融面でも、1年物で0.27%と小幅ながら利上げが2回、準備率の引き上げが3回と、2003年半ばに始まったマクロ・コントロールの追加措置が打ち出された。その結果、7~9月期以降の投融資、生産統計には減速傾向が表れるようになっているが、水準自体なお高く、4年連続の二桁成長は確実という情勢だ。
2003年以降、エコノミストの多くが翌年の中国経済の減速を見込みながら、年央には上方修正を余儀なくされてきたが、今回のヒアリングでは、2007年も高成長は続くとの見方がコンセンサスであった。従来、中国経済減速のシナリオとしては、投資の急拡大が引き起こした素原材料等の国際価格の高騰が制約要因になること、マクロ・コントロールがオーバー・キルをもたらすこと、海外の需要鈍化や貿易摩擦の激化による輸出の減速などが考えられてきた。投資・輸出主導の高成長が続けば、後々の調整リスクが大きくなるため、早期抑制が不可欠という立場からの減速見通しもあった。
この間、成長率は年々高まっており、これらのリスクが消失したとも言えない。にも関わらず、現在では強気の見通しがコンセンサスとなっているのは、政策が影響する範囲は限られており、政策路線の大幅な修正もないため、投資・輸出は底堅く推移するとの認識が定着したからだろう。
 

 
2.投資はマクロ・コントロール下でも底堅く推移

減速懸念が強かった2003~2004年との大きな違いは、成長テンポが速すぎるという見方が後退していることだ。成長率こそ当時を上回るものの、原油等の国際価格は落ち着きつつあり、国内のインフレ率も1%台に低下している。マクロ・コントロールは、投資に過度に依存した成長パターンを是正し、不動産のほか、鉄鋼、アルミ、石炭など特定分野への投資の集中による供給過剰や非効率化を回避することに狙いがある。2007年もマクロ・コントロールは継続するが、追加措置の効果と思われる減速が見られるようになっていることで、大幅な利上げなど、より広い範囲に影響が及ぶ追加措置は回避されるとの見方が強くなっている。
引き締め対象外の分野での投資意欲の高さも、投資堅調が今後も見込まれる理由だ。国内企業の設備投資意欲の高さに加え、外国からの直接投資も製造業向けはピークアウトしているが、規制緩和効果もあってサービス産業には高水準の流入が続いている。公共投資も、今年スタートした第11次5カ年規画(計画)が課題としている所得格差縮小の実現には、交通網などの産業インフラのみでなく、医療・教育などの社会インフラの均等化が不可欠なことから、今後も高い伸びが続くと見られている。

3.輸出も大幅な減速は回避

また、成長のもう1つの柱である輸出にも懸念材料は少なくないが、大幅な減速は回避されると見られている。
2007年に向けた主な懸念材料は、主要な貿易相手国である米国、欧州の景気拡大テンポの鈍化が見込まれること、輸出増値税(付加価値税)の還付率引き下げ・還付停止(9月14日)、輸出関税の賦課(11月1日)などの輸出抑制効果を持つ政策が相次いで打ち出されていることだ。
これらの材料にも関らず輸出増加期待が維持されている底流には、高水準の設備投資の結果、生産能力の増強が進んでいることがある。生産過剰とされてきたカラーテレビや鉄鋼などの分野では、高成長が続く発展途上国などへの輸出が急増している。新規市場の開拓による輸出先の多様化で、欧米景気の減速の影響はある程度緩和されるとの期待がある。さらに、輸出競争力に影響を及ぼすような大幅な人民元の調整は行なわれないとの認識が定着していることも、輸出拡大の見通しを支える重要な要因と言えよう。
輸出抑制措置は、個別の産業、企業では負の影響が大きいケースがあっても、同時に行われた輸出促進型の税制調整により緩和される部分もある。輸出抑制措置のターゲットは、エネルギーの大量消費や環境汚染につながる素材などであり、2004年の景気過熱時に問題となった資源や環境への負荷の軽減が狙いである。また、輸出増値税の還付率引き下げ・還付停止は、人民元の切り上げ以外の手段による貿易不均衡是正圧力への対応という意味も持っており、貿易黒字の源泉となっている繊維製品、家具やプラスチックなどの労働集約的製品分野も引き下げの対象となっている。その一方、ハイテク製品に関する輸出還付税率は引上げ、資源や技術革新に資する品目の輸入関税率は引き下げられている。機械機器は、すでに中国の貿易全体の過半を占めるようになっている。輸出促進策が、産業内貿易を促進し、輸出抑制措置の負の影響を緩和する余地は大きいと考えられよう。

4.人為的な低金利や為替相場安定下での高成長の見返り

複数のエコノミストの意見を聞いて最も興味深かった点は、投資・輸出主導の高成長持続という見通しでは一致しながら、マクロ・コントロールについて、異なった角度からの疑問が呈された点だ。政府系シンクタンクのエコノミストは、商業化が進み、利益追求指向が高まった国有銀行を融資規制のツールとすることや、非国有企業に対する行政指導を行う難しさなど、現在のマクロ・コントロールの限界を憂慮していた。民間のエコノミストからは、行政指導の内容は合理性を欠くものが少なくない、例えば不動産や素材では内外の需要も高く販売を伸ばす余地があるのに、供給過剰として投資を制限すること自体不適切との意見があった。
中国が過剰な投資に陥り易い根本の原因は、土地、資本といった生産要素の価格が制度・政策的に低く抑えられており、価格メカニズムが働かないことにある。マクロ・コントロールも、金融市場の整備の遅れから、市場メカニズムに調整を委ねられない悩みがある。これらの改革を通じた資源配分の効率化が政策当局の目指すところだが、構造転換には時間が必要だ。
中国国内で活動する企業は、当面、人為的な低金利、為替相場の安定下での高成長という恩恵を享受することになろう。しかし、その見返りとして、裁量的政策による頻繁な制度・税制等の変更に対する柔軟な対応を求められる状況が続きそうだ。
 
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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