コラム
2006年07月24日

「GDPギャップ」過信の危うさ

経済研究部 経済調査室長   斎藤 太郎

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1. 注目されるGDPギャップ

デフレ脱却がいよいよ現実のものとなりつつある中、経済全体の供給力と総需要との乖離を表す「GDPギャップ(=需給ギャップ)」の注目度が高まっている。
内閣府は、デフレ脱却の判断基準のひとつとしてGDPギャップを挙げているが、今年の「経済財政白書」では、GDPギャップが2005年10-12月期に約8年ぶりにプラスに転じたという試算を示した。また、日銀は7月の金融経済月報で、マクロ的な需給ギャップが需要超過状態に入っているとの判断をもとに、景気判断を前月までの「着実に回復」から「緩やかに拡大」に変更した。
GDPギャップは、物価変動圧力を見るための重要な指標のひとつであり、最近のGDPギャップの動きからは、日本経済の潜在的な供給力を実際の需要が持続的に上回ることにより、物価上昇圧力が徐々に高まっていることが読み取れる。ただし、GDPギャップはあくまでも推計値であり、その数字はかなりの幅をもって見るべき性質のものである。それにもかかわらずGDPギャップのプラス転化が、あたかも絶対的な真実であるかのように伝えられている現状には少なからず違和感を覚える。

2. 推計方法、推計時期によって異なるGDPギャップ

GDPギャップ=(現実のGDP-潜在GDP)/潜在GDPで表される。このうち、現実のGDPは内閣府の公表データによって知ることができるが、潜在GDPは直接観察することができないため、推計によって求められる。推計方法、推計に用いるデータ等が違えば、潜在GDPの推計結果も変わり、そこから計算されるGDPギャップも変わってくる。
潜在GDPの概念にも大きく分けて2通りの考え方がある。ひとつは、労働、資本をフル稼働させた場合のGDP(=最大概念の潜在GDP)、もうひとつは労働、資本が過去の平均的な稼動状態にある時のGDP(=平均概念の潜在GDP)である。最大概念の潜在GDPを使うと、GDPギャップは常にマイナスの値をとるのに対し、平均概念の潜在GDPを使うと、労働、資本が平均的な稼動状態にあるときにGDPギャップはゼロとなり、それよりも稼働率が高ければプラス、低ければマイナスとなる。
日銀はこの春、潜在GDPの再推計を行ったが、その際に潜在GDPの概念をそれまでの「最大概念」に基づくものから、国際的に主流となっている「平均概念」に基づくものに変更した。日銀が潜在GDPの概念を変更した背景には、GDPギャップがマイナスのままでゼロ金利を解除するというのは説得力に欠けるという判断も働いたものと思われる。

ここで、内閣府推計のGDPギャップ(06年7月公表「経済財政白書」による)と日銀推計のGDPギャップ(06年5月公表の日銀レビュー「GDPギャップと潜在成長率の新推計」による)の動きを比べてみよう。
下図から分かる通り、「バブル崩壊以降、ほぼ一貫してマイナスを続けてきたGDPギャップが、足もとでは若干のプラスに転じている」という大きな流れは両者とも変わらない。しかし、より詳細に見てみると、99年頃、01年末から02年初にかけて、内閣府推計のGDPギャップは4%を超えるマイナスとなっていたのに対し、日銀推計のGDPギャップは3%前後とマイナス幅が小さくなっている。また、今回の回復局面において、GDPギャップがプラスに転じた時期は、日銀推計値の2005年4-6月期に対し、内閣府推計値ではそれより2四半期遅い2005年10-12月期となっている。これは、日銀と内閣府で潜在GDPの推計方法がかなり違っているためである。
また、推計を行った時期の違いによってもGDPギャップは変わってくる。5年前の平成13年度版経済財政白書(01年4-6月期まで推計)と今年の経済財政白書を比べると、推計方法は基本的に同じであるにもかかわらず、四半期毎の動きがかなり異なっており、プラスとマイナスの符号が異なる期も散見される。5年前はGDP統計が1995年基準であり、GDPの実質化の手法が固定基準年方式だった(現在は2000年基準、連鎖方式)ため、当時と現在では実質GDPの計数自体が大きく変わっていることが主な理由である。
 

 
3. 幅を持って見る必要があるGDPギャップ

結局、GDPギャップというのは、様々な要因によって大きく振れる性質のものであり、その水準や短期的な動きにあまり振り回されることは賢明とは言えないだろう。足もとでGDPギャップがプラスになったとは言っても、その水準はたかだか1%にも満たないものであり、データの改定などに伴い再推計を行えば、事後的にマイナスになることも十分ありうる大きさである。日銀、内閣府とも推計結果を示す際には、潜在GDPやGDPギャップの推計結果は十分な幅を持って見る必要があるという注を付けている。しかし、新聞報道等でGDPギャップの数字が伝えられる際には、このような注意書きは省略されることが多いため、GDPギャップ推計の限界は必ずしも正確に伝えられていないのではないだろうか。

日銀がGDPギャップを景気判断の重要指標として前面に押し出すようになったことは、ある意味では英断とも言える。しかし、その一方で不確実性の高いデータをもとに景気判断を行うことには、ある種の危うさも感じる。
今回のゼロ金利解除は、日銀が推計するGDPギャップがプラスとなる中で行われたため、両者(金融政策の方向とGDPギャップの符号)は整合的なものであった。しかし、将来的には両者の方向が必ずしも一致するとは限らず、たとえばGDPギャップがプラスの領域にあったとしても景気が悪化していて利下げが必要であるという局面もありうるだろう。そうした時に、GDPギャップにあまりに大きな意味を持たせてしまうことが、機動的な金融政策運営の妨げになりかねない、というのは考え過ぎだろうか。

 

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経済研究部   経済調査室長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

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