2006年06月25日

欧米と日本の不動産価格の長期動向比較より -なぜわが国では長期の地価下落が生じたのか-金融と税制の視点から-

社会研究部 土地・住宅政策室長   篠原 二三夫

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1.
バブル崩壊以来10数年に及んだ地価下落はほぼ終結し、地価は上昇に転じたとの見方が強まっている。東京都心など大都市の投資用不動産市場ではJREITsやファンドによる不動産の高値買いが行われ、メディアがミニバブルと報じたことから、こうした動きを果たしてバブルとみるかどうかについて、日銀や政府内では市場関係者や専門家から意見を聞いたり、不動産業向け融資に対する監視を強めたりするような動きがみられた。
2.
しかし、今、バブルかどうかを判定する以上に必要なのは、長期に渡った地価下落の背景と上昇に転じようとしている現状を分析することにあるのではないか。1990年以降、平成景気を経て日銀によるゼロ%金利や量的緩和策の維持、不良債権処理が徐々に進んだにもかかわらず、地価は長期に渡って下落を続けた。このような状況は、欧米における土地資産額や不動産価格変動の長期的推移を振り返っても、見いだすことはできない。
3.
日本は市街地価格指数、アメリカは土地資産額、イギリスは宅地価格評価額、ドイツは建築用地価格、フランスは戸建住宅価格を地価の代理変数として、各々最低限50年以上に渡る長期データを用いてそれらの推移を比較した。各国の地価等はオイルショックや湾岸危機など世界的なインパクトを受けながら変動してきた。アメリカではレーガン税制改革やS&L破綻、ドイツでは東西統合などの重大な個別要因によって大きく変化したが、日本を除くいずれの国でも、10数年を超えるような下落一辺倒の動向をみることはできなかった。
4.
アメリカではレーガン税制改革以降の不動産不況やS&Lの破綻後に、不良債権処理が急速に進められたが、市場回復に大きく貢献したのは証券化の活用による投資資金の導入である。住宅ローンの証券化市場の成長と商業不動産の証券化の発展は、間接金融の低迷期において、不動産投資市場に多様なソースを持つ投資資金を導く重要な役割を果たし規模の拡大を促した。
5.
日本においても、不動産の証券化は不良債権処理、商業用不動産や住宅ローンの資金調達に貢献してきたが、より重要なのは、その課程において、いわゆるSPC法や債権譲渡特例法などの制度整備が促進され、さらに不動産市場における情報開示の重要性が認識されるようになったことや、不動産の評価方法が比較法から収益法に大きく転換してきたことである。
6.
不動産証券化を通じて市場には1998年以降、現在まで累計で30兆円弱もの投資資金が投入されることとなった。不動産業への融資残高も2005年12月末時点で50.3兆円となり、1999年度末以降初めて年率5%程度の増加に転じている。不動産市場と金融市場との融合を通じて、過剰流動性下でも進まなかった不動産投資や融資が拡大に転じている。
7.
証券化の仕組みが定着するために時間を要したことに加え、地価の反転に10数年を要した背景として、不動産税制の不合理さや近年における多少の改善について指摘しておく必要がある。証券化に伴う流通税(SPCやJREITs、信託などへの移転に)の軽減措置は概ね2000年以降、登録免許税を中心とする不動産流通税の軽減措置は2003年になりようやく実現したものである。固定資産税については地価下落に伴う土地課税評価の引下げが行われるようになったものの、1994年以降の7割評価導入によって実際の評価はそれほど下がらなかった。加えて、建物評価は維持され、実効税率は高まる一方であった。しかも、地価税は廃止ではなく凍結状態にあり、海外投資家からみれば、規制復活という理不尽なリスク要因が常に存続している。
8.
不動産事業で最重視される譲渡益課税は、法人については2008年まで適用停止となっているが、個人による居住用資産以外の譲渡益には10年超の保有後の処理であっても20%が課される。これは26%から軽減された水準であるが、同時に5年以上所有している不動産譲渡からの1,000万円の特別控除が廃止されており、総じて実質的な緩和ではない。しかも、5年以内の譲渡税率は39%となり懲罰的である。
9.
さらに、注目すべきは、一定の居住用資産を除いて、不動産譲渡損失の損益通算は2004年から禁止されている点と、不動産所得から土地の借入利子分の損益通算ができず、損失の繰越し期間も十分ではないことである。欧米では譲渡損失を含め、損益は少なくとも譲渡損益の範囲で通算可能であるし、イギリスでは譲渡益に対する物価との調整減額措置がある。繰越しや繰戻し制度も充実しており、投資家は価格変動による損失処理の手段を合理的な範囲で有している。日本では利益には課税するが、一般に譲渡損失処理は限定的な範囲に置くという不合理な仕組みがあり、これが地価下落を長引かせた要因のひとつではないか。
10.
不動産を取り扱う産業全般において、日本の産業を不利にしかねないのが、買換特例制度の撤廃への動きである。イギリスでは事業用資産の買換支援は本則として組み込まれ、好不況期にかかわらず戦略的に譲渡益の将来への繰延べが可能であるが、日本では文字通り特例でしかない。2007年度末には10年超保有の資産の買換えを有利に行える22号買換特例が期限を迎える。しかし、景気回復などを理由に、この特例がなくなれば、国際競争力や諸産業の柔軟性を低下させる要因となる。
11.
現状では仮説であるが、不動産金融市場が従来は事実上存在しなかったことや、今も続く復活を許さぬ不合理な不動産税制の存在が、欧米にはなかった日本の地価の長期に渡る下落の背景となってきた可能性が指摘できよう。しかも、不動産税制は、今後、特例の期限切れや廃止に伴い現状よりも重課に転じる可能性があるし、地価税の再徴収や不動産業向け融資規制の発動はいつでも可能な状況にある。これらは不動産投資家にとってのリスク要因となっており、まだまだ市場メカニズムに基づく国際的な市場環境が整備されたとは言い難い。
12.
欧米市場では観察できない長期に渡る異例の地価下落を経験した今こそ、グローバルな投資活動の活性化を促す市場整備と土地を必要とする産業の競争力確保のために、不動産金融制度や不動産市場整備、特に不動産税制の抜本的な見直しが行われるべきではないか。

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社会研究部   土地・住宅政策室長

篠原 二三夫 (しのはら ふみお)

研究・専門分野
土地・住宅政策、都市・地域計画、不動産市場

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