コラム
2006年05月29日

世界の税制改革の流れを振り返って

石川 達哉

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1.所得税中心の税体系は時代遅れ?

今年は、日本の消費税率が5%に引き上げられた1997年からちょうど10年目に当たる。古い話になるが、単一税率に基づく付加価値税型の消費税としては、1980年代には「一般消費税」や「売上税」の呼称の新税導入が試みられたこともあったが、その時には国民の十分な賛同が得られずに廃案となっている。再度仕切り直しが行われて、現在の「消費税」が創設されたのが1989年であり、当時の消費税率は3%であった。

実は、付加価値税型税制に関して、導入時の税率が3%というのは先進国の中では最も低い水準である。一方、導入年次が1989年というのは先進国の中ではかなり遅い方で、日本より後の導入事例としては、1995年のスイス、2000年のオーストラリアがあるのみである。そのオーストラリアでは、歴史的に直接税、特に所得税のウエイトが高く、80年代に付加価値税の導入失敗の経験がある点でも日本と共通している。

このように書くと、所得税中心の税収構造は先進的ではないような印象を受けるかもしれないが、むしろ逆の側面がある。税務行政、徴税のフィージビリティという観点から見ると、所得税は個人の事情を考慮して各種の控除が適用される複雑な税制であるから、そのような税制と税務当局に対する国民の信頼と社会の安定がなければ、所得税中心の税収構造など成立しない。
この条件が満たされなければ、税は「取れるところから取る」という構造になり易い。事実、現在でも途上国の多くは、関税や輸出入取引に対する課税、公営企業からの税外収入にかなりの部分を依存している。もちろん、特定の経済的取引のみを課税対象とするような税体系は経済発展の阻害要因になりかねないから、途上国がテイクオフする過程では改革への力が働く。言うまでもなく、企業活動がグローバル化している現代においては、法人税も国際競争にさらされている。加えて、経済発展の最中にある国の場合は、外国からの資本流入を歓迎する立場にあるから、法人税率が高く設定されることは考えられない。所得を課税対象とするという意味では個人所得課税も法人所得課税との調和が問われ、高い個人所得税率は忌避される。実際、新興経済国の税収構造を見ると、個人所得税や法人税のウエイトが高いことは少なく、経済発展のかなり早い段階から付加価値税が導入されていることが多い。所得税中心の税収構造を経験することなく、付加価値税中心への移行を目指すと言ってもよいかもしれない。
日本では所得税が今でも重要な存在であること、かつては所得税中心の税収構造であったことは、それを許さないような力が外部から働くことはなかったという意味では幸運だったと言えるであろう。そして、複雑な税制が行政的に執行できる、できたという意味では、社会の成熟度を誇ってよいのかもしれない。


2.過去20年間の税制改革の潮流

ところで、オーストラリアが2000年に付加価値税型の財・サービス税を導入したことによって、先進国の中央政府レベルで付加価値税型の消費税制を導入していない国は、もはや米国のみとなっている。
しかし、過去20年間を振り返ると、世界各国の税制改革の潮流を作ったのも、また米国である。その契機になったのは「1986年租税改革法」である。改革の柱は、課税ベースの拡大、個人所得税における最高税率の引き下げと累進構造の緩和、法人課税における法定税率の引き下げと法定償却制度の簡素化である。その改革による効果、あるいは改革の主目的をひとひとで表せば、効率性の改善である。
米国の「1986年租税改革法」を範とする税制改革の動きが各国で続いた背景には、当時の先進諸国が、2度のオイルショックを経て、生産性上昇や経済活動における効率性をより重視するようになっていたことが挙げられる。また、80年代以降に国際的な資本取引の自由化が進展し、企業活動のグローバル化が加速したため、税制面において国際競争上の力が強まったことも影響している。特に、法人税率に関しては、新興経済国も含めて、国際的な引き下げ競争が今なお続いている。

効率性のみを問題にするのならば、所得税課税においても、税率は低ければ低いほどよいということになる。ここでいう税率とは、課税前の所得が1単位増えることに伴って増える税負担の割合、すなわち、限界税率のことである。例えば、家計は労働供給に際して、自らの便益が最も大きくなるように労働時間と余暇の配分を行うが、そのさじ加減が、追加的な労働供給に対して追加的な手取り所得がとれだけ生ずるか、言い換えると、追加的な税負担がどれだけ生ずるかにかかっているからである。当然、税率が高いほど家計が選択行動を変化させる度合いは大きくなるから、単一の税率に基づく比例税制よりも累進税制の方が課税に伴う効率性の損失は大きくなる。
国際的に見た租税負担率が低い米国が効率性重視の税制改革にいち早く着手したのは、連邦レベルでの付加価値税を導入していないことと無関係ではない。税収の柱である所得税は累進税制に拠っているからである。86年改革において、税率が引き下げられたこと、それに伴う減収効果が課税ベースの拡大によって相殺されたことは、既に述べたとおりである。
効率性重視と税収確保を両立させるために、課税ベースの拡大によって税率引き下げによる減収を補うというこの方法は、日本の所得税改革においては、今後も適用される余地があるだろう。具体的には、政府税調などが給与所得控除をはじめとする各種の所得控除の圧縮を提唱している。

しかし、税制の設計に際しては、効率性だけに配慮すればよいというものではないはずである。言うまでもなく、累進税制には所得再分配効果を通じて、公平性を確保するという重要な役割がある。もちろん、結果の平等を求め過ぎて、再分配の対象となる社会全体のパイが極端に小さくなってしまう事態は避けなければならない。それと同じように、大きなパイが焼き上がりさえすれば、パイの分配のされ方にはどれほど大きな格差があっても構わないということにはならないであろう。
過去20年間の世界的な税制改革においては、これらの問題が存在することは認識されつつも、敢えて触れられてこなかった気がしてならない。今後、高齢化が更に進行していくことを考えると、従来に増して効率性と公平性の両方が税制にも求められるのではないだろうか。すなわち、単純な意味での効率性一辺倒の改革を超えることが必要なはずである。出来れば、その新しい税制改革の途を切り開くのが日本であることを願いたい。
 
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