コラム
2006年03月22日

経済と政治

  森重 透

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1. 消えた「4点セット」

2006年になってまだ3ヶ月も経っていないというのに、ずい分長い時間が流れたように感じるのは、筆者だけだろうか。昨年末、国勢調査の速報値が発表され、日本は予想より2年も早く「総人口減少時代」に突入したことが明らかになる中、これと相前後して、政治・社会的な不祥事が続出した。マンションなどの耐震強度偽装問題、ライブドア事件、米国産牛肉の輸入問題、防衛施設庁の官製談合という、いわゆる「4点セット」である。これらの問題は、「住まいと食」の安全・安心という、国民生活の大切な根幹を大きく揺るがす問題であるとともに、5年に及ぼうとする小泉政権の構造改革路線の下で生じた出来事であるだけに、今通常国会で当然厳しい真相究明や論戦の対象になるべきものであった。
しかしながら、2月中旬以降、例の「偽堀江メール」事件によって民主党が見るも無残に自滅してからは、再び圧倒的多数与党のペースとなり、「4点セット」の本質に迫る緊迫感のある論戦は消え、ベタ凪ぎ国会の中で、2006年度予算案は衆院を通過したのである。

わが国は、未曾有の高齢化を伴った総人口減少社会に入り、これから好むと好まざるとにかかわらず、低成長経済を余儀なくされる。このような中にあっては、構造変化に相応しい生活環境や社会保障制度等の改善に重点を置く、すなわち、過激な市場競争をベースとした成長至上経済の発想から、安心と信頼をベースとした生活者のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)を高めることに経済政策の重点を置くべきであろう。そして、この点にこそ構造改革の第一義的目的はある。しかし、だからと言って、イノベーションをベースとした合理的な成長志向も忘れてはならない。人口減少と高齢化で労働力と資本が減じていく経済では、一人当たり労働生産性を高めていく以外に、国民生活の向上も期待できないのであって、真の構造改革とは、そのためにも必要な作業と言えるのだ。

その意味で、この「4点セット」は、決して消えてしまってはいけないイシューであり、わが国の抱える宿痾と、小泉改革の本質を語り、それに思いを至すための貴重なケースとなり得るものである。つまり、経済と政治がいや応なしに絡み合う、成熟社会の分配と成長を巡るテーマと言えるのだ。この1~2ヶ月、目まぐるしくも実のない展開を辿った国会の姿、問題山積なるも進展しない解決への道筋や構造改革の真摯な論議。せっかく盛り上がりかけた構造改革の「光と影」の問題、とりわけ格差(拡大・固定化)の問題等は、結局表層的な議論に終わり、部分的な統計上の問題にすり替えられてしまっている。・・・空しい徒労感のみが、これまでの時の刻みを遅らせたのだろうか。

2. スローガンと実行力

総人口減少時代下、パイの増大が望みにくい中にあって、安心と信頼をベースとした幸せな国民生活と、合理的な成長とを両立させるためには、政と官の役割や、政治と経済の絡み合いが適切な形で発揮されることが、これまで以上に求められてくると思われる。今年9月に任期を終えようとする小泉首相の下で進められた「構造改革なくして回復(成長)なし」、「官から民へ」、「中央から地方へ」をスローガンとした構造改革路線は、一体どこまで実行力が伴っていたのだろうか。

ここにきて、デフレからの完全脱却はまだ微妙としても、回復(成長)は曲がりなりにも成った。では、それが政権のスローガン通り、「改革」が成されたからかと言うと、必ずしもそうではない。規制改革と民営化の名の下に進められた、道路公団民営化や郵政民営化が、プロセスにおいても結果においても、あのような形で終わってしまったことは記憶に新しい。年金改革は抜本的なものとは言い難く、また「三位一体の改革」は、まだ道半ばにも至っていない状況と言えよう。今回の景気拡大は、民間企業の血のにじむようなリストラ努力の賜だったのだ。スローガン中に見所があったとしたら、「三つの過剰」を清算せよ、というメッセージ位しかなかったのではないか。あとは、不作為の功名で、結局「民」が自律的に回復軌道に乗って行ったということなのである。

現政権が真摯に取り組み、実行力を発揮すべきであった政治課題は、すでに当コラムで何度も取り上げてきたように、とりも直さず財政再建であった。が、しかし、その課題ですら、解決(実行)は、「日暮れて道なお遠し」の感がある。キャッチフレーズは聞こえが良いが、構造改革の肝心かなめの部分である「国の将来ビジョンの呈示、国家像の実現に向けた展望・道筋を明確に示す」作業が、残念ながら不十分であったと断ぜざるを得ない。一例を挙げれば、公共事業をただ減らすのではなく、その意味や内容を見直すこと、民間投資の代替可能性とその是非を検討すること、単に採算性とか効率性とかではなく、長期的な社会的インフラにとっての必要性と機能性を評価すべきこと等々、政治と経済の両面的アプローチの中での真摯な議論と冷静な熟慮が、この間政府には求められるべきであったのだ。

この6月までに、経済財政諮問会議で、財政再建シミュレーションを6通りぐらい示すそうだが、この間の(名目)成長率と長期金利の設定を巡る「政治家」の議論は、いかにも「政治的」議論だ。実行力の欠如の真因は、議論の無謀さや粗雑さからくる場合が多い。政治と経済の両面アプローチはそれを防ぐためでもある。前述の、政府に求められる姿勢からすれば、真の政治家らしくもっと真摯に冷静に、経済の現実を踏まえ、公共サービスのあり方からして国民にも一定の負担を求めざるを得ないことなども含めて、単なるスローガンではない国家ビジョンの呈示とその実現に向けて、一段と議論を深めていってほしいと願わずにいられない。

3. 適合的な政策ミックスを

先般お亡くなりになった経済学の泰斗、都留重人氏は、戦後日本の高度成長の「影」の部分、すなわちインフレや公害問題と闘い、経済成長よりも豊かな社会の実現を目指し、「人々に安全と安心を与えることが経済学や経済政策の原点」(宮崎勇氏)という信念をお持ちであった。まるで、成熟経済に至ったわが国の将来を予見していたかの如く、先見的で、実行力と鋭い提言性に満ちている。日本経済は、人口減少・低成長時代に入って、ゼロサムに近い状態の中で、利害調整やスクラップ・アンド・ビルドの必要性が高まっている。しかし、一方で、適度の成長力を無くしてしまえばジリ貧に陥ることは避けがたく、やはりそれは望みたくないところだ。

この分配と成長という、成熟社会下の二大テーゼは、二者択一ではなく、車の両輪であろう。安全・安心と幸せを国民に与えることが経済学の使命だとすれば、この二つを合わせて実現するための最適な政策ミックスを追求していく以外に途(みち)はない。

分配の問題は様々に論じられ、多岐にわたる検討点を有するが、官と民、中央と地方の役割分担、受益と負担の問題、多面的格差の是正、税制見直しの5点について、再度冷静な検討を始めるべきであり、当然ながらそれが政治の役割であると思う。このとき、何事も一辺倒では救えない、画一性や直線的な方向性だけでは利害調整は成就しないと知るべきであろう。個性や頑固一徹さというのは、実は困りものなのである。「コミュニケーションで最も重要なのは、話されていないことがらを聞くことである」(P.ドラッカー)。一方的に論破した積もりになったり、数の力で押しつけたりするのではなく、効率と安全、競争と協調、開発と保護、新自由主義経済政策の「光と影」を踏まえた、率直かつ冷静な議論が大切だと思われる。

「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」(二宮尊徳) - 最後になったが、人口減少・成熟社会の成長経路の問題は、すぐれて革新(イノベーション)と協調(コーオペレーション)の問題である。技術力、経営力、先端産業の育成面での革新による生産性の向上と、東アジアを中心とした海外との経済協調の更なる発展によるニーズの拡大が主要戦略として挙げられる。二階経済産業相は、持続的な経済成長の青写真を示す「新・経済成長戦略」を5月にまとめ、6月の「骨太方針」に盛り込むと言う。“頑張れ!経産省”と期待したい。

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