2005年03月25日

デフレ下の持家と住宅ローンが世帯レベルの消費に及ぼす影響 -日本の個票データに基づく資産効果の分析-

経済研究部 主任研究員   石川 達哉

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1.
近年、日本以外の多くの先進国で住宅(土地部分を含む、以下同様)の価格上昇が続き、家計消費も堅調であることから、資産としての住宅が家計消費を促進するという「住宅の資産効果」を支持する立場が支配的になっている。金融政策との関連においても、政策金利の変更が家計行動に及ぼす効果に関して、住宅ローン金利の変化による住宅投資や株価の変化を通じた消費への影響に加えて、住宅価格変化を通じた消費への影響という径路が存在することになり、より慎重な金融政策が求められることから、IMFやOECD、各国の中央銀行によって、住宅価格と家計消費の動向が注視されている。住宅価格がファンダメンタメルズ価格から乖離して上昇している場合など、やがて住宅価格の反落が起こり、それに伴って消費に負の資産効果を与えることへの懸念は、IMFやOECDの「Economic Outlook」で度々表明されている。
2.
最近になってから「住宅の資産効果」が主張される際の論拠として挙げられるのは、第1に、住宅金融市場の自由化や住宅ローンの利用方法の多様化・柔軟化によって、住宅ローンという負債と対になっている資産としての持家の実態的な流動性が高まったことである。第2に、金融資産のうち株式を保有する世帯の割合は高い国でも2割強であり、その中でも巨額の株式を保有する一握りの資産家に金融資産総額が集中するのに対して、持家は6割強の世帯が保有しており、資産種類別に保有額を見た場合、標準的な世帯にとっては最大の資産額を占めるのは持家であることである。したがって、株価上昇と住宅価格上昇を比較した際、キャピタル・ゲインという恩恵がより広範な世帯に及ぶのは住宅価格上昇の方である。実際、米国では住宅を担保として借入金を住宅以外の使途で用いるホーム・エクイティ・ローンの利用が趨勢的に増加しており、2000年代以降の米国および英国では、住宅価格上昇による持家の担保価値増大を背景に、買い替えや住み替えを伴わない形での住宅ローン借換え(リファイナンス)を行う世帯が急増した事実がある。両国ともに、借換えによって得られた資金の一部は消費に充当されていることがアンケート調査結果から裏付けられたのである。
3.
住宅が消費に対して資産効果を持つことを裏づける実証研究は、IMFやOECDのスタッフによる分析レポートが幾つか存在し、金融資産よりも住宅資産の方が効果が大きいという結果を得ているものもある。しかし、住宅市場や法制度の異なる各国のデータをプールしたパネル分析や、1国の時系列データに基づく計量分析がほとんどであり、論拠に対応する近年という条件を満たす世帯レベルでのデータ(個票データ)に基づく実証研究は数少ない。前述のアンケート調査でも、借換えによって得られた資金は住宅ローン以外の債務の返済や金融資産の積み増しにも使われておれ、消費促進の量的な大きさは定かではない。
4.
翻って日本においては、「資産デフレ」「負債デフレ」という表現が幅広く浸透しているが、地価下落や住宅ローンの名目額が固定される中での一般物価の下落が消費を抑制する可能性を明示的に意識した実証研究は非常に乏しい。理由として考えられるのは、第1に、80年代後半の地価上昇期において、担保価値上昇を背景とした借入れの増大や設備投資の増加は中小企業を中心とした企業部門に妥当することであり、土地や持家は金融資産とは異なって家計消費に対する資産効果は持たないとする実証研究が支配的であったことである。第2に、90年代以降は地価下落が持続しており、マクロ的に見たバランスシート損壊の影響は、資産超過主体である家計部門よりも負債超過主体である企業部門や企業部門へ多額の貸し出しを行っていた金融機関に、より強く現れると考えやすいことである。第3に、日本の中古住宅市場は流通性に乏しいうえ、広い持家を取得した家計が引退後に狭い持家に住み替えて、持家の一部を金融資産に転換するというような、資産としての持家を有効活用する行動は十分に根付いていないことである。
5.
しかし、2003年に経済産業省が実施したアンケート調査「資産デフレが企業・家計に及ぼす影響」によると、これまでの地価下落で消費を減少させたと回答する持家世帯の割合は4割を超えており、地価下落が持続する中で家計が持家を資産として認識し、その中で「住宅(持家)の資産効果」(この場合は負の資産効果)が働いている可能性は十分にある。これを計量的に検証するには、世帯レベル(個票)のデータを用いることが必要である。
6.
そこで、生命保険文化センターが99年に実施した「核家族世帯における家計の現状」に関する調査データのうち、実態的に片働きと言える勤労者世帯(夫婦のうち片方は年収103 万円以下、夫婦ともに自営業には従事せず)の個票をもとに、単純最小二乗法により消費性向関数の計測を実施した。まず、扶養するこどもの年齢階層と当該の人数も加味して、主たる働き手の所得税・住民税・社会保険料を計算し、世帯全体の可処分所得を求めた。次に、消費性向を被説明変数、金融資産、実物資産(主として持家)、住宅ローン、他の借入金それぞれの可処分所得比と可処分所得の逆数を説明変数とする消費性向関数を基本型とした。推定係数はすべて有意で、可処分所得の限界消費性向は0.37、ストック変数の限界消費性向に関しては、金融資産0.010、実物資産0.007、住宅ローン-0.043、他の借入金-0.043 であった。この推定値に基づくと、99年の日本においては「住宅の資産効果」が存在するだけでなく、地価下落が止まっても、保有実物資産の時価が住宅ローン残高の6倍程度存在しないと、消費に対して抑制効果が働くことになる。
7.
推計式を変えると推定係数が安定しない部分もあり、推定方法や結果の更なる吟味は必要であるが、消費に対する資産効果に関して、住宅資産が正、住宅ローンが負である点は共通している。日本においても、米国や英国のように住宅ローンの利用方法が多様化・柔軟化したり、中古持家市場の流通性が向上したり、持家と代替的な借家のストックが増えたりすれば、資産としての持家の流動性が増し、前述のような「正味住宅資産は正なのに消費に対して抑制効果が働く」頻度は大きく低下するであろう。

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経済研究部   主任研究員

石川 達哉 (いしかわ たつや)

研究・専門分野
財政・税制、家計貯蓄・住宅

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