コラム
2004年09月21日

徳のある経済政策を

  森重 透

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○ 2001年4月に発足した小泉政権は、3回の国政選挙を経て、4年目の秋を迎えた。この間、日本経済は02年1月を底に回復局面に転じ、実質GDPは今なお拡大を続けている。とくに、昨年10-12月期は前期比1.9%(年率7.6%)、今年1-3月期は同1.6%(同6.4%)と、2%程度とされる日本の潜在成長率を大きく上回る高い成長を遂げ、日本経済が一時G7を「牽引」するほどの勢いを示したこともあった。また、6月調査の日銀短観は、全規模・全産業の業況判断DIが、0となって12年ぶりにマイナス圏から脱したほか、大企業の景況感がバブル崩壊以降では最も高い水準となり、中小企業や非製造業にも改善が見られるなど、景気の強さと裾野の広がりが確認されるものとなった

○ しかし、この3年間の実体経済は、GDPデフレーターの大幅な低下(デフレ)によって実質成長率が押し上げられている状態とも言える。現に、名目GDP成長率は、下掲図表に見るとおり一進一退を続けており、実額は、政権発足時(507兆円)を下回る水準(504兆円)にとどまっているのである。また、完全失業率も長い間5%を超えるなど、昭和28年の統計開始以来最悪の水準を記録したのち、緩やかな改善傾向にはあったが、足もとでは再び5%近くにまで上昇している。さらに、株価に至っては、いまだに政権発足直後の水準をばん回できないまま、大きく割り込んでいる。この株価水準は、ここ数年の過剰設備の整理や不良債権の処理などの構造変化を十分に織り込んだ「適正な」水準と見る向きが多く、株価が実体経済の先行指標とも言われることからも、日本経済の先行きは楽観を許さない状況と言えよう。

○ 「構造改革なくして景気回復なし」という構造改革路線をもって登場した小泉内閣は、前述の経済指標の改善をバックに、先の参院選ではじめて「構造改革が景気回復をもたらした」と強調した。今年度の『経済財政白書』も、小泉構造改革が「日本経済の重しの除去に成果を上げ、民需増加に貢献しているから」としているが、果たして、そうだろうか。いちいちの反証は省くが、今回の景気回復は、「民間企業(主として大企業製造業)」のリストラによる賃金コストの削減」発、中国特需・米国経済の好調に基づく外需」行き、「デジタル家電ブーム」帰りの中で牽引されたものであって、これらはどれも構造改革とは無関係であることは、間違いない。小泉首相自らが言っているように、政府はあくまで民間部門が自ら取組むリストラ等の経営努力をただ待つだけの姿勢に徹しただけであり、決して「日本経済の重しの除去」に取組んだわけではなかろう。むしろ、日本経済が抱える雇用問題や格差拡大の問題等、いわば負の側面に政府が本来の役割を果たした形跡すら、うかがえないのである。

○ 構造改革の名の下で進行する日本経済の二極分化-デフレ下の勝者と敗者、レッセ・フェール的無作為(政治の不在)の中での苛烈な自然淘汰。非正社員化の加速、フリーター217万人、未婚の若者で仕事も通学もしていない無業者(NEET)推計52万人、中高年リストラ組の増加等を背景に、所得格差の拡大はジニ係数の上昇に表れている。さらに憂うべきは、地域間格差の拡大であろう。内閣府の分析によれば、生産活動で見た景気の地域間格差が、バブル崩壊後の過去二回の回復局面と比べて2倍程度にまで開いている。また、当研究所が全国・全規模企業対象に年2回行っている「景況アンケート」によっても、景況感(D.I.)の水準・改善のペースともに、大都市圏と地方との地域間格差が拡大傾向にあることが見て取れる。

○ 「地方の景気にも目配りすべきではないか」と問われて、小泉首相は「官から民への流れは変わらない。政府が口出しすべきではない」とニベもなく答えたそうだ。民間の努力、政府の怠慢の中で、二極分化が進行し、分断と不安がつのる社会に向かっていまいか。「上善は水の若し」(老子)-最高の善とは水のように低いところを潤すものだという。敗者・弱者に目配りのない、徳のない経済政策は、本来の政治とは言えない。せめて、必死の努力を続ける国民や企業や地方に思いを致す政治が、リーダーには求められるところだ。

○ 「民にできることは民に」という理念は、当然正しい。しかし、何から何までこの仕切りで通せるものではない。「必要だが民にできないこと」を仕切るのが国の役目であり、政府の仕事だ。したがって、道路公団と郵政公社の「民営化」は、いたるところに無理と妥協が内在して、不首尾に終わったし、また終わる可能性が高いだろう。小泉政権の最も力を入れるべきは、全く不十分な形でひとまず終えている年金改革、さらには解決が最も重要で、かつ困難なナロー・パスしか残されていない財政構造改革への待ったなしの取り組みなど、政府部門自身の構造改革なのである。
 

 

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