コラム
2004年06月07日

中国経済の過熱とその影響をどう見るか

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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○ 高まる中国経済過熱への関心

日本と中国の経済面での相互依存関係が高まったことで、中国経済の動向は常に高い関心を集めるようになっている。中国経済の成長スピードの速さや数量ベースでのインパクトの大きさ故に、論調は大きく揺れ動く傾向があり、昨年半ば以降は、年前半の「中国脅威論」が影を潜め、不動産、鉄鋼、セメント、アルミ、自動車などの分野での投資過熱を背景とする「中国特需」への期待感が広がった。そして目下焦点となっているのが、昨年半ばからの選別的な投融資抑制策にも関わらず過熱感を増す経済の行方と、経済の調整が「中国特需」の恩恵を享受してきた日本など近隣諸国に及ぼす影響である。


○ 見通しの温度差は現状認識とマクロコントロール力の評価の違いに起因

中国経済の先行きについての見方は、現状判断や当局のマクロコントロール力の評価の違いによって、「ハードランディングは不可避」から「ソフトランディングは可能」まで様々に分かれている。

「ハードランディングは不可避」との見方のベースには、景気過熱の度合いが、引き締めと緩和による微調整でハードランディングを免れた93~94年に比べて遥かに大きいとの現状評価がある。当局の政策運営力についても、計画経済から市場経済への移行過程にあるため、計画経済体制下の直接的手法の効果が低下する一方、市場メカニズムを通じたコントロールのメカニズムが確立していないために、微調整が困難である点を問題視する。このため経済の失速、設備過剰の顕在化、デフレの発生、未だ脆弱な金融セクターの不良債権問題が一段と深刻化することを懸念する。

これに対し、「ソフトランディングは可能」との予測は、過剰投資は一部業種に限られたもので、経済全体には過熱は見られないとの現状判断をベースとする。マクロコントロール力についても、90年代以降、市場メカニズムを通じた間接的手法と直接的手法を組み合わせ、十分な調整力を発揮してきたと見る。このため、3月以降の投融資抑制措置の強化で設備投資に急ブレーキがかかっても、輸出や消費の堅調持続、外国からの直接投資など引き締め対象外の投資が下支えとなり、失速には至らないと考えるものである。
確かに、93~94年の景気過熱局面と比べれば、個人消費の伸びは穏やかであり、インフレ率も4月時点で3.8%と上向いてはいるが、過去の景気過熱期との比較では低水準だ。97~98年のアジア危機や2001年のITバブル崩壊による世界同時リセッションなど、外部環境の急激な変化にも、金融緩和と人民元の対ドル固定相場制の維持、財政支出拡大という政策の組み合わせで、相対的に安定した成長を続けてきたことも事実だ。


○ 当面は選別的引き締めでソフトランディングを目指す展開

それでは、当面、中国経済はどのような推移を辿るとみるべきなのか?
4月の固定資産投資(都市部)の伸び率は、3月よりも8.8%ポイント低下したが、伸び率自体は前年比34.7%と依然高い。マネーサプライ(M2)の伸び率も3月と同じ前年比19.1%増、人民元建て貸出の伸び率も同19.9%と前月から0.2%の低下に留まっている。政策波及のタイムラグや4~6月期の統計には昨年のSARSによる落ち込みの反動が表れることもあり、引き締めの明確な効果を確認するには今暫く時間が必要だ。
中国人民銀行(中央銀行)は、7~9月期には引き締めの効果が表れ始めるとし、現状の「適度な引き締め策」を継続するスタンスだ。しかし、市場では、投資過熱の弊害をより小さいものに留めるため、早急、かつ、抜本的対応が必要であり、貸出金利の引き上げや資本流入抑制策など追加措置が導入されるとの観測も根強い。
実際には、中国経済が都市と農村の格差や産業間の成長の不均衡といった構造問題を抱えていることから、経済全般に一様に影響が及ぶような引き締めは極力回避されるものと思われる。当面は、過熱分野を対象とする規制や地方政府への介入などを必要に応じて強化する一方で、農村振興や電力、輸送網のボトルネック解消への取り組みなどを通じて不均衡の是正を図りながら、ソフトランディングを目指すことになるだろう。

○ 過大視の必要はない日本・アジアへの影響

中国経済の減速テンポや調整の深さ、長さについての見解は異なっても、日本を含むアジア諸国が、世界の他の地域に比べて、中国経済の調整の影響を受けやすいという点はコンセンサスとなっている。中国の輸入相手国の第1位から第3位を占める日本、台湾、韓国では、中国向けの輸出拡大が景気回復基調を支える重要な要素となっている。ASEANの中国向け輸出も速いペースで拡大しており、輸出市場としての中国の重要性は高まっている。日本を除くアジア諸国は、押し並べて輸出への依存度が高いため、中国の投資拡大のスピードが鈍化し、輸入の伸びが減速した場合、確かに大きい影響を受けるように思われる。

しかし、中国とアジアの貿易の中身を見るとトーンは変わってくる。中国の輸入増加額に対する寄与率では、集積回路や液晶デバイスなどの電子部品を始めとする機械機器が総額では5割、日本、台湾、韓国からの輸入では7割を超えており、投資過熱による需要増に関わると考えられる鉱物性生産品や化学・プラスチック、金属製品などを遥かに上回っているからである(図表)。
電子部品等の輸入急増の裏側では、中国から米国、欧州などへのパソコン、携帯電話端末等の輸出が増加しており、情報機器分野でも中国への組立加工工程の集中が急速に進展、産業内貿易が拡大している様子が分かる。中国のアジアからの輸入急増の主な要因は過剰投資ではないため、中国の引き締めから受ける影響は見た目よりは小さく、むしろ中国製品の最大の需要アブソーバーである米国などの需要動向に敏感に反応すると考えることができるのである。

中国の投資過熱が沈静化し、原材料や素材価格が軟化すれば、組立加工型の貿易構造を有する多くのアジア諸国にとって好材料となる。中国経済の調整は、日本やアジアに一定の影響を及ぼすであろうが、過剰に警戒する必要はないように思われる。
 

 
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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