2003年12月25日

ユーロの現状と展望 -国際通貨としてのユーロとユーロ圏拡大の行方-

経済研究部 上席研究員   伊藤 さゆり

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1.
90年代以降、世界貿易機関(WTO)による多国間協定を補完するものとして、世界各国間で自由貿易協定(以下、FTA)の締結が急増した。日本でもアジア諸国などとのFTA締結を急ぎ、将来的には東アジア大の地域的経済統合の実現を目指すべきとの声が聞かれるようになった。アジアにおける地域統合のあり方を考える上で、地域統合の深さと地域的広がりの両面で先進している欧州の統合の成果と、その直面している問題を知ることは有益であろう。本稿では、単一通貨ユーロとユーロ圏の現状について、ユーロの国際通貨としての位置づけ、ユーロ圏の単一通貨圏としての安定性と地域的広がりに伴う問題という観点から考察を試みた。
2.
ユーロは、かつてのドイツ・マルクやフランス・フランの役割を継承する、ドルに次ぐ第2の国際通貨である。グローバルなレベルで「交換手段(貿易決済通貨、為替媒介通貨、介入通貨)」、「価値尺度(国際商品の価格表示、為替相場のアンカー通貨)」、「価値貯蔵(調達通貨、投資通貨、準備通貨)」という貨幣の3つの機能を果たしている基軸通貨のドルに比べ、ユーロのプレゼンスは全体として低く、機能別、利用主体別、地域別に濃淡が強い。
3.
ユーロ導入後の変化として注目すべきポイントは2つある。1つは、単一通貨建ての金融・資本市場の誕生で、ユーロの調達通貨、投資通貨としての重要性が高まったことである。ユーロの国境を超える取引の増加分に対してユーロ圏の主体が高いウェイトを占めている事実は、国際通貨としてのプレゼンス拡大の証左とはならないが、単一通貨の導入が、域内の資本移動を円滑にし、資金調達・運用面での選択肢が拡大したという構造変化を示すものとして重要であろう。もう1つは、経済関係が緊密な欧州とその周辺地域で、民間利用、公的利用の両面でユーロが着実に浸透し、「ユーロ通貨圏」が形成されつつあることである。ユーロ導入の目的はドルに匹敵する国際通貨を目指すことにはなく、むしろ、域内為替相場というユーロ圏経済の不安定化要因の排除にあったことに鑑みれば、欧州の広い範囲でユーロが浸透しつつあることの意義は大きい。
4.
域内為替相場の変動という不安定化要因は消滅したが、「完全なる経済統合」の段階には至っていないユーロ圏は、金融面、制度や法律面での統合に課題を残している。ユーロ圏は、Mundell(1961)に始まる最適通貨圏の理論の諸条件を満たした範囲に単一通貨を導入したわけではなく、現時点でも、ユーロ圏内には、産業構造や所得水準の差異が存在する。このため、外的ショックで域内諸国間での総需要のシフト(非対称的ショック)が生じる可能性があり、為替相場の変動以外のルートで経済のパフォーマンスを収斂させるメカニズム、すなわち賃金の伸縮性や生産要素の移動性の高さ、ユーロ圏レベルでの財政を通じた所得移転の仕組みも確立していない。
5.
ドイツ、フランスというユーロ圏のコア国の財政赤字が拡大し、ユーロの信認維持のために採用した財政の多国間監視のメカニズムが動揺している問題の本質には、(1)価格の弾力性や生産要素の移動性、さらに所得配分のメカニズムが不十分であるため、各国財政に負担がかかりやすいこと、(2)景気拡張期における各国財政再建への努力が不十分であったために、経済情勢の変化への対応力が乏しいことがある。財政赤字の解消は計画通りに進展していないながらも、ドイツ、フランスは社会保障制度や労働市場などの構造改革に取り組んでいる。今後、域内の不協和音を一層増幅することなく、むしろユーロの導入が構造改革の推進力となり、ユーロ圏の最適通貨圏化が促される結果になるのかどうか、ユーロの真価を占う意味で、これからの進展が注視されるところである。
6.
2004年5月に新たに欧州連合(以下、EU)に加盟する10カ国の大半は90年代に計画経済から市場経済へ移行した国々であり、過去のEU拡大に比べて、新規加盟国数は最も多く、現加盟国との所得格差は最も大きい。新規加盟国はEUへの加盟で、ヒト、モノ、サービス、資本の4つの自由を享受し、EU財政を通じた所得移転の受益者となる。EU拡大に先行して、すでに現加盟国と新規加盟国の間ではFTAが成立している一方、調整が難航した一部の分野では移行期間が設けられるほか、所得移転も当初はシーリングが設定される。このため、EU拡大の効果が2004年に集中して表れる訳ではなく、国毎に影響の度合いも異なるであろう点に留意が必要である。
7.
新規加盟国のユーロ参加も、EU加盟後、対ユーロ相場での為替相場の安定を図るプログラム(ERMII)への2年間の参加を含むマーストリヒト経済収斂条件の5つの項目を達成し、市場メカニズムを通じた金融政策が機能する環境が整備された後となる。新規加盟国は、重要な貿易・投資相手地域であるEU市場との一体化や、金融・財政政策の規律の強化を通じた信用力の向上というベネフィットが得られるユーロの導入に押しなべて意欲的である。経済収斂条件の達成は、現時点では、財政赤字の削減を通じてインフレ抑制と金利低下を実現しうるかが鍵を握っていると見られるが、財政赤字幅の大きさや、今後の政治日程を勘案すると、実現には一定の時間が必要と思われる。経済収斂条件の早期達成の可能性、金融システム整備の進捗度の差から、新規加盟国間でもユーロ参加の時期は区々となり、最も早い国で2008年以降になると思われる。
8.
新規加盟国の参加によるユーロ圏の拡大は、ユーロの地域的な基盤が拡大し、域内為替相場の変動という不安定化要因が排除される範囲が広がることで、すでに萌芽が見られる拡大EUレベルでの金融・資本市場の統合、産業の再編に資するものである。しかしながら、現加盟国と新規加盟国間の所得水準や産業構造に大きな格差が存在する中で、域内の制度調和、ECBによる金融政策の運営、財政規律の運用を巡る問題は、さらに複雑化することが避けられない。ユーロ圏が最適通貨圏としての条件を満たしていないことからくる潜在的な不安定性の問題は、今後も長期にわたり持続し、参加各国には不断の構造調整圧力が加わると考えられる。
9.
アジアは発展段階の格差が大きく、為替制度や金融政策運営の方針も様々で、単一金融政策が機能する前提となる自由な資本取引や金融システムの健全性といった条件も満たされていない国が少なくない。欧州の統合は、従来、相対的に同質的な経済の間で深化してきたが、今後は大きな所得格差や移行経済との制度の調和という問題に取り組む段階に差し掛かる。多様性に富むアジアの統合の道筋を考える際に、多くの示唆と教訓を提示してくれることになるだろう。

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経済研究部   上席研究員

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州経済

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