コラム
2003年10月20日

大きいことは良いことか?

経済研究部 専務理事   櫨(はじ) 浩一

文字サイズ


最初に問題を一つ。「右」という漢字と「左」という漢字が正しい筆順で書けますか?「右」と「左」では、「ナ」の部分の筆順が違うのだが「ノ→ナ」か「一→ナ」か、小学校で習ったはずだ。読者の皆さんはどちらがどちらだか覚えていらっしゃるだろうか?(回答は末尾)


1.経済大国の座を降りる日本

「21世紀の日本はもはや経済大国ではあり得ない」(詳細はニッセイ基礎研REPORT、2003年6月号「50 年後の日本経済を取り巻く環境」熊谷シニアエコノミスト)というお話をさせていただく機会が時々あるのだが、時々「そうならないように努力すべきだ」という反応にぶつかることがある。誤解のひとつの理由は、日本の経済規模が中国やインドよりも小さくなることが日本人の生活水準が低下するように感じるからではないか。

国連の予測によれば、2050年のインドの人口は約16億人、中国の人口は約15億人で、日本の人口規模、約1億人の15倍ほどにもなる。日本が大国でなくなること自体はどうしようもないことで、これを前提にどうすべきかを考えなくてはならない。実際には日本人の一人当たりの所得が中国やインドの人々の10倍あっても、日本の経済規模は中国やインドより小さくなってしまうという点がピンとこないことが、話を理解して頂けない原因ではないかと思っている。

国の経済規模が大きいか、小さいかということと、そこに住んでいる人たちの所得水準が高く、豊かな生活を送ることができるかどうかということは、違う問題なのだ。大きいことは必ずしも良いことではなく、経済大国でなくなっても日本人の生活が豊かであり続けるということは可能なのである。


2.豊かな社会であり続ける条件

とは言うものの、漫然とこのままでいても日本が21世紀も高所得国であり続けられるということではない。貿易によって安価な労働力を武器に発展途上国からモノが輸入されるだけでなく、IT技術の進歩を通じてサービスすら簡単に輸入できるようになろうとしている。グローバル化が進む経済では、製造業だけでなく非製造業でも国内の賃金コストと海外の賃金コストの差があれば、企業活動の拠点はどんどん海外に移転してしまうことになる。

日本人労働者がいくらマジメに働いたとしても、人の何倍も仕事ができるわけではないから、発展途上国の低賃金労働者と同じ仕事をしていたのでは、高い所得を維持することは難しくなっていく。より高度な付加価値の高い仕事をしなければ、高い賃金を得ることはできないだろう。結局日本が将来も高所得国であり続けるためには、個人個人の能力を高めてより多くの人が高度な仕事ができて高い所得を得られるようにするしかない。


3.学校で何を教えるか?

このために学校教育が極めて重要な要素であることは誰の目にも明らかだろう。ゆとり教育という掛け声の下で学習内容が大幅に削減されたということが問題とされているが、むしろここで必要なことは量よりも時代に合わせた教育内容の選択ではないか。社会が進歩しても人間の能力は大して変わらないから、学校で教育できることには限りがある。これからの社会で必要なことを学習するためには、時代の変化によって相対的に重要度が低下した教育内容を削減することが必要になる。

読み書きはすべての学習の基本だが、私には右と左の筆順の違いがそれほどの意味があるとは思えない。どんな順番で書いてもできあがった字が、「右」、「左」と読めればそれで良いではないか。右と左の筆順の違いを覚えるくらいなら、もっと別のことを教えた方が将来の社会では役に立つのではないだろうか?

何を教えるべきかという問題は、実は何は教えなくても良いかという選択の問題である。経済学者の間では最近の学生の数学の学力低下が危機感を持って議論されている。基礎的な計算もできない学生の数が増えているというから、数学と言うより算数の力と言った方が適切かもしれない。こうした話を聞くと、例えば漢字の筆順を正しく覚えさせることはあきらめて、もっとちゃんと計算ができるように算数の指導をするというような選択が重要だと考えるのである。

漢字の筆順が間違っていたり、平安京遷都が794年と答えられなくて800年頃としか覚えていなかったりしてもそんなに困ることはないだろう、などと思うのは学生時代に試験で悩まされたトラウマだろうか?



正解は:ノ→ナ→右、一→ナ→左


このレポートの関連カテゴリ

42_ext_01_0.jpg

経済研究部   専務理事

櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野
マクロ経済・経済政策

レポート

アクセスランキング

【大きいことは良いことか?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

大きいことは良いことか?のレポート Topへ