コラム
2003年05月02日

混沌とするブッシュ減税案の行方

  土肥原 晋

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1.戦闘終結宣言前に政策の重点を「経済」に転換

・ブッシュ大統領は5月1日、イラク戦争から帰還した空母エイブラハム・リンカーンの艦上で主要な戦闘の終結を宣言した。戦闘終結の米国経済にとっての最大のメリットは、地政学的リスクの払拭である。昨年の秋口から米国経済を覆っていた地政学的リスクは、先行きの経済見通しを困難なものとし、米国の経済指標を悪化させ、株価を引き下げた主因と言われた。その要因が払拭されたことを思えば、戦闘が終わったことによる一時的な「ブーム」(景気の反発)があってもおかしくはないのであるが、市場は予想以上に冷静で、圧迫要因が取り除かれた経済が本来の景気循環過程に復帰するのかを見極めようとしている。

・ 4/25に発表された本年第1四半期の実質GDPは前期比年率+1.6%に留まった。昨年第4四半期の+1.4%から2四半期続けて米国経済は足踏み状態に近い。需要項目を見ると消費の伸び率が同+1.4%と低く、前期に同+2.3%と9四半期振りにプラスに転じた設備投資は再び同▲4.4%と減少し、最近の景気鈍化を裏付けた。

・ こうした状況では、来年の大統領選挙で再選を目指すブッシュ大統領は、気が気でないはずだ。イラク戦争の短期収束によりブッシュ大統領の支持率は高まったが、父親であるブッシュ元大統領が、湾岸戦争後の高支持率にも関わらず景気後退により翌年の大統領選挙で敗戦した二の舞は避けたいと考えている。このため、ブッシュ大統領は、イラク戦争の終結に目途がつくと、戦闘終結宣言を出す前にいち早く政策の重点を「戦争」から「経済」に転換するとの表明を行なっている。


2.ブッシュ減税案の上限枠の攻防

・ブッシュ大統領の経済政策の中核は、1月に議会に提出した減税案による景気回復であるが、現在この減税案は上院の反対で苦戦を強いられている。下院では、3月下旬に原案通り、向こう10年間で7260億ドルの減税案を決議したが、上院では3500億ドルを上限とする予算決議を行なった。その後、両院協議会で5500億ドルの減税とする方向で調整が図られ、4/11に上下両院で決議されたが、上院では議事進行妨害(フィリバスター)を回避できる枠を3500億ドルまでとする付帯条項が付けられた。このままでは、3500億ドルの上限を超えるには上院の60議席以上の賛成が必要となり、減税案の目玉とも言える配当二重課税の撤廃(10年間で4000億ドル近い減税となる)はより困難となる。

・こうして、減税を巡る現在の論点は、向こう10年の減税額を5500億ドルとするか3500億ドルとするかに絞られた。エコノミストの間でもこの2000億ドルの差が景気に与える影響は大きいとする意見と、財政赤字を拡大させてまで行なう程ではないとする意見に分かれる。減税内容としては、配当二重課税の撤廃の扱いが焦点となるが、これについても、撤廃による株式市場の回復が景気を浮上させる効果を持つとのブッシュ政権の主張に対し、その効果は小さいとする反対意見も少なくない。


3.かみ合わない共和党と民主党の論理

・減税の規模については、一般的には、減税規模が大きければ経済効果も大きいが、民主党が3500億ドル以上の減税は容認できない程の財政赤字をもたらすとしている一方、ブッシュ大統領は財政赤字を縮小する一番の方法は、成長を高め、歳入を増やすことだとしている。

・ 財政赤字は、景気浮揚効果の半面、金利上昇をもたらし成長を阻害する要因となり得るが、両党の経済論争の背景には、それぞれの支持基盤の違いによる政策路線の相違がある。伝統的に、民主党は社会保障政策に手厚く、そのための資金確保が必要であり減税を好まない。社会保障を拡充するためにも財政収支は黒字にしておく必要がある。一方、共和党は、ばら撒き的な政策を嫌い、連邦政府の権限の縮小を望む。そのため、減税を推進し、財政収支についても赤字である方が政府が浪費することが少ないため安心していられる。

・ブッシュ大統領にとって、大きな減税策は景気回復をより確実にし、その分、再選の可能性も高める。財政赤字は拡大するが、再選後に財政赤字が更に拡大するのであれば、歳出削減の理由ともなり得る。そう考えると、民主党にとって大幅な減税を受け入れることは将来の自らの政策に縛りを入れることにもなりかねない。景気回復のためにある程度の減税には協力しても、自ずから限度があり、財政赤字については極力抑制する以外の選択は有り得ないのである。


4.妥協点を探るブッシュ政権

・昨年の中間選挙で上下両院を抑えた共和党のブッシュ政権が、上院で苦戦しているのは、2名の上院共和党議員(Voinovich氏:オハイオ州選出、Snowe氏:メーン州選出)がブッシュ減税に反対しているからである。何としてもこの減税案を通過させたいブッシュ大統領は、議会のイースター休暇を利用して40を超える主要都市に政権スタッフを派遣するなど全米的なキャンペーン活動を展開し、Voinovich氏のオハイオ州には大統領自ら遊説(4/24)を行ない減税案への支持を訴えた。

・ こうしたキャンペーンの中、スノー財務長官のWSJ紙とのインタビュー記事は、議会との妥協点を探るものとして注目されよう。同財務長官は、配当二重課税の撤廃については10年後の撤廃を条件に、初年度は半分の税率から始めて段階的に縮小するという方法をとり、個人所得税の最高税率引下げ(現行38.6%→35.0%)については先送りする方法を示唆した、とされている。この記事について、財務省ではまだ何も決まっていないとコメントし、最低限5500億ドルの減税の中でも100%の配当二重課税の撤廃と2001年減税の前倒しを目指すとしている。特に、個人所得税の最高税率引下げについては、クリティカルな問題であったようで、後日、スノー長官も取り違いがあったとして否定したのに加え、財務省外のフライシャー報道官も大統領の受け入れることのできない案だとして重ねて否定した。この最高税率の引下げ放棄は、一見得票率には影響が少ない様に見えるが、選挙に向けた資金集めにはマイナスであり、いま持ち出してはいけない案だったのであろう。

・また、最終的に3500億ドルの上限が撤廃されない場合、増税案との抱き合わせも考えられるが、選挙前の増税は禁句と考えた方が無難である。92年のブッシュ元大統領の再選失敗は、湾岸戦争後のリセッションによりその支持を失ったとされる一方で、90年の“予算戦争”における議会との妥協策で増税策を決めたのが敗因とも言われている。

・この他にもキャピタルゲインと配当を共に15%にする案もあり、減税案がどのような形で成案を見るかは不明である。戦争終結宣言で開けた5月は、メモリアルデー(5/26)を目途とした減税案の決着に向けて、ブッシュ減税案にとっては正念場の月であり、ブッシュ大統領にとっても大統領選挙の前哨戦に位置付けられよう。

・最後に、ブッシュ減税を巡るそれぞれの立場をわきまえた幾つかの発言を紹介したい。ブッシュ大統領のオハイオ州での減税キャンペーン演説(4/24)では、「5500億ドルの減税でも2004年末までに100万人以上の雇用を創出する。上院も減税には同意しているが、3500億ドルでは雇用創出力もちっぽけなものとなる」とちっぽけ(little-bitty )を強調するものであった。

・これに対し、すっかり野に下った感のあるクルーグマン教授は「7260億ドルのブッシュ減税が140万人の雇用を創出するって? どこにそんな雇用が生じるのか? 大体、米国の労働者の平均年収が4万ドルなのに、何で政府は一人の雇用に50万ドルの減税を必要とするんだい?」と揶揄する。

・ 一方、ブッシュ大統領からの続投支持を快諾した形のグリーンスパンFRB議長は「 米国経済は減税がなくても成長への準備をしている。歳出削減を伴わない減税は、財政赤字を生み出し経済にダメージを与える」(4/30下院金融サービス委員会での証言)と極めて均衡のとれた発言を行なっている。


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