コラム
2002年10月18日

ノーベル賞と日本の人事システム

櫨(はじ) 浩一

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(久しぶりの明るい話し)
暗い話しばかりの日本にとって、ノーベル物理学賞(小柴昌俊氏)、化学賞(田中耕一氏)のダブル受賞は久しぶりの明るい話題である。長期にわたる経済の低迷で自信を失いかけている日本社会に、「日本も捨てたものではない」という光を与えてくれた。しかし、一方で今回の受賞では日本社会の抱えている問題も感じさせられた。

第一は、研究が日本ではなく海外で評価されたという点である。革新的な研究や発明が、国内では評価されず、海外で評価されて始めて国内で取り上げられるということは、これまでもしばしば見られたことだ。毎日新聞によれば、田中さんは過去に大きな賞を受賞したことはなく、国内でも評価されていたというわけではないようだ。過去のノーベル賞受賞者でも、江崎玲於奈氏(物理学賞)や、福井謙一氏、白川英樹氏(いずれも化学賞)はノーベル賞を受賞してはじめて文化勲章を受賞することになったということだから、今回もまた海外で評価されてはじめて国内でも評価されることになったということになる。

(ラインとスタッフ)
さて、化学賞を受賞された田中さんは、民間企業の研究者でしかも昇進試験を拒んでいたのでずっと主任のままだったそうだ。ノーベル賞受賞を記念して田中さんを所長とする研究所を設立するそうだが、研究が好きという田中さんを研究者のままで相応の処遇をするということはできないものだろうかとふと考えた。

これまでの日本社会では実績をあげた人を処遇するとすれば、より高いポストに昇格させるという意味だった。つまりは、より管理的なポストを提供するということだ。こうしたことが可能だったのも、人口がどんどん増加して経済も会社組織もどんどん拡大していく社会だったからだ。しかし、二度の石油ショックを経て経済の拡大速度が低下し、人口は増加テンポが緩やかになり、いずれ減少に転じようとしている。

右肩上がりの経済が終るとピラミッド型の組織は維持できなくなるとかなり昔から指摘されてきたが、実際には改革は放置されてきた。年功序列型の組織体系は人口が増加していく社会では自然な形だが、人口ピラミッドが尻すぼみのツボ型となる社会では維持できなくなる。人口高齢化が進むと組織の運営のためのラインでは若い人々の昇進速度を維持してモラルを保ちながら、スタッフとして高齢者をうまく活用することが必要になるだろう。

日本経済ではこれまで若い未経験者を安い労働力として使ってきたが、少子高齢化社会では若年労働者は減少し、これまでのように簡単に採用できるという訳にはいかないだろう。労働力人口が減少していく社会では、これまで日本社会で十分に活用されてこなかった高齢者や女性の能力をどう利用するのかということが、企業経営上の大きな課題になるに違いない。このためには、企業は今までとは違った人材の利用方法を見付け出さねばならないだろう。それは組織を管理するということだけはなく、田中さんのような研究者の業績という「スタッフ」にも適正な評価をあたえて処遇するということではないだろうか。
 

 
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