コラム
2002年10月04日

消えたGNP

経済研究部 主任研究員   石川 達哉

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1.統計から消えたGNP

1国の経済活動の状況やその成果を表わす統計で、最もよく知られ、最も網羅的な指標は何かと問われれば、多くの人が「GDP(Gross Domestic Product、国内総生産)」と答えるであろう。かつては、そうした問いに対する答えは、「GNP(Gross National Product、国民総生産)」であったはずである。

国内の景気実勢を把握するという趣旨に合致し、捕捉も正確に行えるという理由で、四半期別速報がGNP中心からGDP中心のスタイルに切り替えられ、国民経済計算年報や経済白書がGDP中心の表象形式に変わったのは94年のことである。つまり、それまでは、実質経済成長率と言えば実質GNP成長率を指すのが常識であり、そうした常識が改められてから、実は10年も経っていない。

古い話になるが、1960年代の日本経済は10%を上回るGNP成長率を続けていた。その歪みが顕在化し、公害問題が深刻化するようになったのが、高度経済成長時代の末期である。サラリーマンの「モーレツ」ぶりも徐々に疑問視されるようになり、経済成長一辺倒の価値観に対するアンチテーゼとして、「くたばれGNP!」というキャッチフレーズが盛んに使われたことは、ご記憶の方もいらっしゃるだろう。

その「GNP」が、長らく主役を張った「国民経済計算年報」からも、消えてしまった。94年に主役の座をGDPに譲ったとはいえ、全体系が収められている国民経済計算年報では、その後もGNPの掲載は続けられた。しかし、今では、「GNP」という表象項目はどこにも見当たらない。

実は、概念自体は「GNI(Gross National Income、国民総所得)」という表象項目に引き継がれている。「93SNAへの移行に伴う呼称変更」と言う莫れ。そもそも、「GNP」という言葉を使う人が、いまどき、どれだけいるだろうか。「GNI(Gross National Income)」が替わりになると言うなら、それを知っている人がどれだけいるだろうか。何よりも、人々の意識から「GNP」は消えてしまったのではないだろうか。


2.GDPとGNPの違い

今はなき「GNP」に敢えてこだわったのには、訳がある。

GNPとGDPは1国の所得水準を表す指標でもあるからだ。そして、GNPにあってGDPにないものは、海外(日本)での出稼ぎ労働に対する賃金や対外資産(負債)から生ずる財産所得の受取(支払)が反映されていることである。2001年実績値で見ると、海外からの受取額は約13.8兆円、海外への支払額は約5.5兆円である。差額の8.3兆円は、おおまかに言えば、海外からの利子・配当の受取額と海外に対する利子・配当の支払額の差に相当する。GNPの方がその分だけGDPよりも大きいわけで、国民が使える所得は多いにこしたことはない。ただし、かつては、両者の差などないに等しかった。

GNP(GNI)とGDPの差額は、国際収支統計では、経常収支の中の所得収支に相当するものである。経常収支の内訳としては、他に貿易・サービス収支と経常移転収支があり、長い間、貿易・サービス収支が経常収支黒字における最大のシェアを占めていた。

2001年の貿易・サービス収支に相当する純輸出額は3.2兆円であるから、ついに、所得収支の黒字(前述の8.3兆円に相当)が追い抜いてしまった訳である。出稼ぎ労働に関する受け払いの金額は無視できるほど小さいから、経常収支黒字に対して、海外からの利子・配当がきわめて大きな存在になっていることがわかる。しかも、経常収支の金額が縮小しても、黒字を続けている限りは対外純資産残高も増大するから、海外からの利子・配当の純受取額は今後も増えることになる。
話はここで終わらない。


3.人口減少とGDPおよびGNPの関係

国立社会保障・人口問題研究所が公表した「将来推計人口(平成14年1月推計)」の「中位推計」によると、日本の総人口は2006年をピークに減少に転じると予測されているが、労働力の主たる担い手となる15~64歳人口や20~59歳人口は既に減少が始まっている。そして、減少率は今後さらに大きくなる見込みである。

労働力人口の減少による経済成長へのマイナス効果は、当面は、資本ストックの増加や技術進歩によって補われるであろうが、人口減少と同時進行する高齢化の影響を受けて、補いきれなくなる時が訪れるであろう。日本は2005年頃から2030年頃にかけて、世界で最も高齢者の割合が高い国になると予想されている。いずれは、GDPも減少基調へと転ずる時がやって来る。

個人レベルの生活に目を向けると、高齢者は生活資金を公的年金給付、現役期に貯えた資産から生ずる利子・配当、そして、資産の一部取り崩しによって賄っている。1国を1個人に見たてても、同じようなことが言える。ただし、違うのは、日本が高齢化の進んだ国だからといって、他の国々が「どうぞ」と言って、年金を支給してはくれないことである。国内の生産活動を通じて得られる所得だけでは足りない部分は、海外に蓄積した資産の利子・配当、ないし、その資産の取り崩しのみで賄わなければならない。

GDPが減少しても、経常収支が黒字である間は海外からの利子・配当は増加するのだから、海外からの所得を含むGNPに関して、今後はその相対的な重要性は現在よりもずっと高いものになるであろう。国民的な生活水準を考えるとき、あるいは、国民が自由に使える所得の金額のベースとなるのは、これからの日本においては、「国内総生産」ではなく、「国民総生産」(「国民総所得」)であるはずだ。
国民経済計算年報の表象項目からも、多くの人々の意識からも消えてしまった「GNP」が、実は重要性を高めつつあるというのは、なんとも皮肉な話ではないだろうか。

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経済研究部   主任研究員

石川 達哉 (いしかわ たつや)

研究・専門分野
財政・税制、家計貯蓄・住宅

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