コラム
2002年09月06日

テロ事件後一周年、自動車は再び米国景気の救世主となれるのか?

土肥原 晋

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テロ事件後一周年、自動車テロ事件直後の米国の消費者マインドの低下は凄まじかった。9月のコンファレンスボードの消費者信頼感指数は前月比▲17、ミシガン大学の消費者マインド指数は同▲9.7と単月の下落幅としては衝撃的なものといえる。消費者は、旅行・レジャーだけでなく出張も控え、ショッピングに出かけるのさえ止めていると伝えられた。

こうした景気(消費)の危機を救ったのは自動車販売だ。テロ事件後の消費者マインドの急低下の中で、自動車販売が単月で史上空前の売上となったのは、ゼロ金利ローン販売という思い切った施策と愛国的なキャンペーンが奏効したためだ。これにより、10-12月期の消費支出は前期比年率6.0%と突出し、マイナスとなるはずのGDPは同2.7%増となった。また、10-12月期に大幅に自動車在庫が減少したため、翌1-3月期はその反動から成長率を5.0%へと跳ね上げる要因となった。5%の実質GDP成長率は最早リセッションとは言い難く、それは短命に終わったかに見られた。

しかし、4-6月期の実質GDPが1.1%と急速に減少し、株価の急落を受けた消費者マインドの大幅な下落から景気が二番底を付けにいくのではないかとの見方も出てきた。こうした中、7月以降、米国の自動車メーカーはゼロ金利ローン販売を復活させ、自動車販売は急回復している。消費者マインドの急低下の中での自動車販売の好調は今回の景気回復局面での特徴の一つとなるかもしれない。

一方、住宅市場も金利低下の恩恵を受けバブルとの見方も出るほど好調に推移した。住宅着工は、景気の先行きが危ぶまれるなか、金利低下を追い風に堅調に推移している。住宅投資はGDPにおけるそれ自体のウェイトは高くないが、その変化率が大きく、また関連消費への波及が大きいこと、加えて、利下げによるリファイナンス効果、住宅価格上昇による資産効果等が消費に相当な影響を与えていると見られている。しかし、既に高水準にある住宅市場に更なる期待は難しい。昨今では、むしろ、住宅バブルの破裂による景気の押し下げが、懸念要因に挙げられる状況にある。

では、自動車販売はテロ事件後のように再び景気を支えることができるだろうか? 今のところ、7月に続いて8月の自動車販売も好調であり、7-9期のGDPは再び持直しそうである。強気筋は4%台を予測しよう。しかし、問題はその後である。なぜなら、10-12月期は米国経済にとって一年で最も大事なクリスマスセールの時期であり、7-9期の自動車販売を梃子に景気に広がりが見られないと、消費者マインドの改善も期待できない。

いずれにせよ、ポイントは消費者の購買意欲にあるため、もう一度、消費者マインドをよく見てみよう。8月末に発表されたミシガン大学の消費者マインド指数は87.6と3ヵ月連続の低下ながら、期待指数が80.6と低下が大きい半面、現状指数は98.5に留まっており乖離が拡大している。現状の消費意欲自体は崩れたわけではなく、「株価がこんなに下がっては今後の景気には期待できない」といっている段階といえよう。なお、消費者マインド指数自体、テロ事件直後のボトム(82.7)に比べれば5ポイント上方にあり、その水準は改善している。

一方、製造業のセンチメントを見る指数にISM指数がある。このISM指数は50を境に拡張か縮小かが判断される。7月は消費者マインド同様に急速な低下を見せ、50.5となり、8月も同水準での横這いとなった。7月の設備稼働率(76.1%)・鉱工業生産(前月比0.2%増)の上昇は自動車産業に支えられた面が強く、自動車産業の活況がなければISM指数も50を割込んでいたかもしれない。自動車販売の好調さが、製造業全体のマインドを支えたといえよう。消費・企業マインドともにちょうどイーブンに差し掛かっているようだ。イーブンというのは、まだ崩れていない状態にあるものの、どちらに転ぶのかわからない危険な状態でもある。

さて、自動車の売れ行き好調に気を良くした米国の自動車メーカーは10月までゼロ金利ローン販売を延長し、2003年型車にも適用すると発表した。自動車販売が一人気を吐き、消費を支える構図はもう少し続きそうだ。しかし、ゼロ金利ローン販売も何度も使えばインセンティブは弱まる。同条件のインセンティブを続けたのでは10-12月期の自動車販売は伸び悩もう。よほど魅力的な新型車か追加的なインセンティブを設定しないと、前期比ベースでのGDPの足枷となるかもしれない。

テロ事件後一周年を迎えるが、自動車販売が、なお、GM社のキャンペーン・フレーズ“Keep America Rolling”を地で行く健闘を続けている中、明確なのは、自動車販売が低下すれば、今後の景気回復は極めて心もとない状態にあるということだ。消費には、雇用・株価の回復等何らかの支援材料が必要だが、現状では企業業績懸念、会計不信、株価急落、イラク攻撃等、自動車販売以外によい材料はほとんど見当たらない。かねてから「米国経済を見るには自動車と住宅を見ていればよい。」ともいわれてきた。ニューエコノミーの興隆期にはオールド産業の代表に入れられてきた自動車産業であるが、今また、景気の中心に登場してきた感がある。しかし、自動車・住宅がこれほど活況なのに景況観が改善しないことにも、やはり時代の変遷を感じずにはいられないのである。
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