コラム
2002年06月24日

少子化対策こそ究極の年金制度改革

櫨(はじ) 浩一

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1.人口減でも豊かな社会はできる

右肩上がりで日本経済が拡大しなくなった現在、大きいことは必ずしも良いことではなくなってしまった。人口過密や都市の交通渋滞や過密を考えると、日本の人口がどんどん増えていけば良いというものではないことは明らかで、人口の減少を一概に悪いことということはできない。個々の日本人にとって重要なことは、日本全体の経済規模ではなくて、一人一人の生活であり、そのためには一人あたりの経済規模が拡大していれば良く、人口が減少していれば、人口×一人あたりGDP=GDPできまる、日本全体の経済規模が縮小してもかまわないからだ。

企業にとっても日本全体の人口が減少すれば、売上のパイが縮小したりするし、特に労働力人口が減少していくことを考えると売上を維持するための従業員の確保も難しくなる。世界に目を向ければまだまだ人口の増加は続くだろうが、少なくとも日本の国内市場を考える場合には、今後は企業にとって規模の拡大ではなく資本収益率などの「質」の向上が経営目標となるというのは自然だろう。

米国の企業会計についてはエンロンの破綻以来だいぶ信頼度が落ちてしまったので、説得力が弱くなってしまったが、数十年にわたって一貫して日本企業の方が米国企業よりもROAが低いという事実を見れば、日本企業の効率の悪さは明らかである。企業の効率性の改善などによってある程度は人口減少の問題を緩和することができるだろう。しかし労働力人口が急速に減少していけば、効率の改善で問題がすべて解決できるとは限らない。

2.本当に人々は子供が欲しくなくなったのか?

若い現役世代が高齢者を支えるという公的年金制度の維持を考えると、問題の解決は容易ではないのは明らかだ。日本経済全体としてみた規模であるGDPが、一人当たりの生活の豊かさを維持していくのに十分なものであるとしても、実際に各個人の生活が向上していくには分配のし方が問題だ。パイの拡大があれば分配は比較的容易だが、パイが縮小して行く中では分配は極めて困難になる。年金問題が難しいのは高齢者と現役の勤労世代との分配の問題が大きいからだ。もちろん人口の増加があれば問題の解決が容易だからといって、「年金制度を維持するためにもっと子供を産もう」というのは本末転倒で、人々が子供を何人持つかということについて自由な選択を行う中でも維持できるような年金制度を作り上げるべきなのだ。

だが、本当に日本人は子供を欲しがらなくなったのだろうか?少子化の原因として女性の高学歴化がしばしば指摘されるが、高学歴や仕事を持つ女性達が必ずしも子供はいらないと考えているわけではない。実際先進諸国の出生率と女性の有業率との関係をみると、むしろ女性の有業率の高い国の出生率が高いという傾向がある。女性の社会進出が進んだ国では女性が働きながら子供を育てられるような環境の整備が進んできたのだ。これに対して日本では子育てと仕事を両立させることが難しく、出産をあきらめてしまうことも多い。

3.少子化の原因は女性の社会進出への対応の遅れ

少子化対策というとすぐに児童手当の支給とか、所得税の控除とかという議論になるが、わずかのお金で出生率がそう変わるものではない。一番大変なのはお金では解決できない問題があるということだ。ちょっと熱を出せば預かってくれるところもなく、核家族化の進んだ現状では夫婦のどちらかが仕事を休むしかない。

夫婦が仕事を持つことを選んだ以上、子供が少ないのは致し方ないと、突き放すこともできるだろう。しかしもう少し社会全体が工夫をすれば、それほどのコストをかけずにもっと子供の数が増えるはずだと思う。退職後にまた働きたいという人々をこうした分野で活用すれば、高齢者の就業対策と一石二鳥となるなど、色々な方策が考えられるだろう。

2001年の合計特殊出生率が1.33となり、公的年金保険料収支の前提となっている将来推計人口の前提となっている1.34を下回ってしまった。年金制度が行き詰まっていることに将来推計人口の見とおしが甘かったという問題を指摘されることが多い。こうした面があることは否定しないが、少子化に対する政策的な対応が遅れたという面も大きいのではないか。ある意味では少子化対策こそ究極の年金制度改革と言えるのではないだろうか。
高齢化と総人口の減少
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櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

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