コラム
2002年04月24日

畳の上の水練

経済研究部 専務理事   櫨(はじ) 浩一

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1.百花繚乱のデフレ対策

2月末に発表された政府の緊急デフレ対策は、多くの人々が期待したようなものではなく、年度末の金融市場対策に終始した。株の空売り規制などは予想外の効果を発揮し、株価の上昇によって懸念されていた年度末危機を乗り切ることができたわけだから、あまり悪口を言うべきではないかも知れない。しかし、本来のデフレを解消して日本経済を再び持続的な拡大軌道に乗せるという目的には程遠かったことは確かで、発表早々から対策の「第二弾」が期待されることとなった。
さて、6月と見られるデフレ対策の第二弾に向けて、様々なデフレ対策が提言されている。それ以前から、しばしば「失われた10年」と言われる長期にわたる日本経済の低迷について、様々な原因が指摘され、処方箋も提言されてきた。エコノミストだけでなく、政治・官を巻き込んで大論争となっており、良く言えば百花繚乱、悪く言えば船頭多くして船山に登るというか、日本経済という船がどこへ行くのか漂流を続けているという感もある。

2.理論と実際の狭間

デフレ対策として大きな声となっているのは、長期国債の買入れ額の増加など日銀がもっと思い切った金融政策を行なえばデフレは解消できるというものだ。「インフレは貨幣的現象である」という教科書にも出てくる理論をデフレにあてはめれば、「デフレもまた貨幣的現象」だということになる。
理論と実際は違うと一言で言ってしまうのは大きな間違いだ。しかし、現実の猥雑さを捨象して作られた理論が実際にどう使えるのかは慎重に検討する必要がある。理論が絶対に正しいという保証がないだけでなく、理論自体は正しくてもそれが適用できるような状況ではないのかもしれない。デフレが貨幣的現象だということが正しくとも、「日銀が長期国債の買入れ額を増加させれば良い」というところに至るまでには、何段階もの証明されていない仮説が正しくなくてはならないのだ。

ある機会に統計研究会で竹内啓先生から、地球の温暖化についてCO2の排出量削減ということだけに議論が集中しているのは大きな問題だというお話をうかがった。そもそも地球が温暖化しているのかどうか、CO2の排出量と温暖化に因果関係があるのかどうか、温暖化することで何が起きるのか、実は良く分かっていない。こうした中で「CO2の排出が地球の温暖化の原因だから、CO2の排出量を減らす」ということだけに絞った対応を行なうことは危険だ、というお話だった。仮にこの因果関係が正しいとしても、CO2の排出量を削減するよりも、温暖化が引き起こす問題に対症療法的に対応する方が良いかもしれない。特に因果関係が間違っていれば対症療法の方が正解ということもある。

ある理論が本当に正しいのかどうかは簡単には分からない。正しいとしてもそこから主張されている処方箋に至るまでにはまた何段階かの仮定が必要だ。CO2の排出が温暖化の原因だと証明されていないから何もしないというのも間違いだが、排出量の削減に全てを託すというのもおかしいではないかということだった。


3.臨床医の職業的慎重さ

臨床医の立場にある政府や日銀は難しい立場にある。患者もその家族も一刻も早い治療を望むが、そもそも病気の原因が解明されているわけでもなく、確立された治療方法があるわけでもない。重病に陥った日本経済の前にあるのは、症状を緩和するのは確かだが根本的な治療にはなりそうもない古くからある薬と、特効薬と称される新しい薬だ。

先日子供が病気になった際に、昔から良く使われているが幾つかの副作用があるとされている薬と、副作用が少ないといわれている最近使われ始めた薬のどちらが良いのか、大学時代の友人の医者に相談した。臨床医としての彼の意見は、自分であれば古い薬を選択するということだった。新しい薬は本当に副作用が無いのかそれとも単にまだ分かっていないだけなのか真実は誰にもわからない。古い薬に副作用はあるが、どんな問題があるのかまたどう対処すべきなのかある程度分かっているから、というのが彼の意見であった。臨床医としての長年の経験が、一見保守的に見えても、未知の世界よりは既知の危険の方がまだ安全という判断に至らせたらしい。

昨年3月に量的金融緩和に踏み切ってからの日銀の対応を、昨年1年間大胆な金利引下げを行なってきたFRBと対比して、対応が遅いという批判がある。しかし、未知の領域に踏み込む臨床医としてはやむを得ない、必要な慎重さではなかったのか?。
さらに大きな問題は、このまま「量的金融緩和」という新薬の量を増して行けば本当にデフレという病が治るという保証はないということだ。日銀が長期国債の購入を続け市場からすべての国債を買い入れてしまえば必ず効果があるはずだ、という極端な状況を仮定した議論はどのような副作用があるのかわかないのだから、相当な危険が伴うのではないか。量的金融緩和論は極論すれば、「畳の上の水練」の様なものだ。理屈は分かっているが本当に試したことはないから、いくら練習を積んだからといっても本当に泳げるという保証はない。はじめから決め付けるのではなくて、病気の原因は何なのか、いかなる治療を行なうべきなのか、幅広い検討が必要だ。そして、実際にはおそらく確実な原因や治療方法が分からないままに試行錯誤を繰り返さざるを得ないと考えられる。従って、実際の対応は色々な可能性を念頭に置いた、やや慎重過ぎると思えるような漸進的なものにならざるをえないことを我々は認識する必要があるのではないか。
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経済研究部   専務理事

櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野
マクロ経済・経済政策

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