2002年01月25日

家計の貯蓄行動と金融資産および実物資産

経済研究部 主任研究員   石川 達哉
経済研究部 チーフエコノミスト   矢嶋 康次

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第Ⅰ部:世帯の観点から見た家計貯蓄

第1章 統計面から見た所得と消費・貯蓄の関係
就業、所得、貯蓄に関しては年齢的要素が重要な役割を果たしている。勤労世代の代表格である勤労者世帯の貯蓄率が27.9%であるのに対し、高齢者世帯が大半を占める無職世帯の貯蓄率は-19.2%である。さらに年齢階層別貯蓄率の時系列データを世代毎の生涯貯蓄率データに組み替えて見ると、遺産動機や世代効果・時代効果などの効果を考慮に入れたうえでも、「勤労期に貯蓄を行い、引退後に取り崩す」という「消費のライフサイクル仮説」の考え方に整合的な構造が観察される。

第2章 高齢者の貯蓄取り崩しと住宅資産および住み替え行動
高齢者世帯における負の貯蓄の実態、すなわち、所得を上回る消費のファイナンス方法について日米比較すると、日本の高齢者世帯が金融資産を取り崩しているのに対して、米国の高齢者世帯は実物資産中心の取り崩しを行っている。米国では、小規模な住宅に住み替えることによって得られた売買差額が生活資金や金融資産の積み増しに充てられている。つまり、資産取り崩しにおける日米の違いは住み替えの頻度の違いに由来するものと言える。しかも、その背後にある中古住宅市場の流動性には著しい日米格差がある。日本の中古住宅の流通頻度は米国の1/10 に過ぎない。また、資産取り崩しにもかかわらず、遺産として残る額は日本では年間消費の20倍、米国では5倍と推定される。

第3章 勤労世代の貯蓄率と将来不安
過去15年間に関して、世帯統計の代表的指標である「家計調査」の勤労者世帯の貯蓄率が上昇傾向を続けているのに対して、マクロベース(国民経済計算体系)の家計貯蓄率は緩やかな低下傾向にある。2000年の貯蓄率水準は前者が27.9%、後者は10.3%であるが、両者の差の2/3は両統計の概念の違いと負の貯蓄を行う無職世帯の存在によって説明できる。無職高齢者世帯が増える一方、60歳未満の勤労者世帯の貯蓄率は、持家の帰属家賃を修正したベースでも、上昇傾向が顕著である。とりわけ、失業率の上昇幅の大きい20歳代、30歳代が将来不安から予備的貯蓄を増やしている。

第4章 世帯属性と家計貯蓄率-自営業世帯、単身世帯、こどもが世帯主の高齢者
貯蓄率の統計が存在しない自営業世帯について税務統計なども利用して勤労者世帯と比較すると、所得・消費とともに振幅の大きさがやや目立つものの、差は大きくない。また、単身世帯か2人以上世帯かの差は貯蓄率に関しては小さく、差異をもたらす最大の世帯属性は有職か無職かの違いである。さらに、世帯主の年齢階層別データでは見落としがちな「こどもが世帯主の世帯に含まれる高齢者」の数は高齢者全体の26%に相当する。その大半は無職であり、独立した世帯を構成した場合には大幅な資産取り崩しが必要になるほど所得は少ない。以上を踏まえ、すべての世帯を「2人以上の有職世帯」「単身有職世帯」「2人以上の無職世帯」「単身無職世帯」の4区分に分類し、世帯内の高齢者に由来する所得・消費や帰属家賃も修正したうえで、これらを加重平均することによって、年齢階層別の総合的な貯蓄率を導出した。その結果は、ライフサイクル仮説と整合的なパターンを示している。有職高齢者の所得と正の貯蓄を反映しても60歳以上全体の貯蓄率がマイナスになることは、高齢化の進展が着実に社会全体の貯蓄率を押し下げることを意味する。

第Ⅱ部:マクロの観点から見た家計部門の貯蓄

第5章 世界と日本の家計貯蓄率
日本の家計部門の貯蓄率は国民性ゆえに高いという説が一部にみられるが、明治以降の家計貯蓄率の推移をみると、10%を上回る水準が定着したのは、戦争前後の混乱期を除けば、1950年代以降に過ぎない。2000年の実績値(93SNAベース)は10.3%と、依然、先進国の上位にランクされるものの、かつてのように日本が最も高い家計貯蓄率を誇る国ではなくなっている。家計貯蓄率に影響を与える社会経済要因は先進各国共通に存在し、その関係は家計貯蓄率関数を通じて計量的に把握できる。G7各国の70~99 年のパネルデータを用い、老年従属人口指数、1人当たり実質可処分所得増加率、財政収支のGDP比、インフレ率、失業率を説明変数として計測した結果からは、「老年従属人口比率が1%上昇すると、家計貯蓄率は0.51%低下する」と言える。過去15 年間の日本は、高齢化による貯蓄率押し下げ効果が7カ国の中で最も強く作用してきたが、同時に、財政赤字拡大に伴う家計貯蓄への部分的な代替効果(貯蓄率押し上げ)が働き、貯蓄率低下幅はG7の中位にとどまっている。

第6章 家計部門の資産残高と資産形成のメカニズム-フローからストックへ-
90年代における家計部門の金融資産蓄積は、キャピタルゲインの縮小によって80年代のテンポを下回っている。また、家計部門だけでなく、企業部門、政府部門においても、貯蓄投資バランスの内訳項目に大きな構造変化が生じている。特に、部門間の土地取引に関して、農地の転用による商業地・住宅地の新規供給が減少を続ける一方、企業部門のリストラに伴って売却された既存商業地が家計部門内のサラリーマン世帯によって住宅地として取得される傾向が見られる。キャピタルゲイン部分を除いた純金融資産の増加額は、フローの貯蓄から実物資産取得額を控除した額に等しいため、今後の貯蓄率低下によって貯蓄額が住宅・土地投資を下回れば、金融資産残高が減少する事態があり得る。
第7章 家計部門の保有資産の内訳と選択の基準-金融資産に占める預貯金の割合と住宅取得および負債保有との関係-
わが国家計部門が保有する金融資産の構成比を米国・英国と比較すると、現金・預貯金の割合がきわめて高く、株式の割合は低い。金融商品の選択基準についても、世論調査から、安全性を重視する長期的な傾向が確認される。しかし、住宅・土地と株式をリスク性資産とみなし、実物資産も含めた総資産に占めるリスク性資産の割合を比較すると、日・米・英の差はほとんどない。日本の家計は流動性の低い住宅・土地を所有する一方で、持家取得に伴う住宅ローンなどの債務が大きいため、金融資産の中での配分に関して安全性や流動性を重視せざるを得ない面がある。また、近年では土地が有利な資産とは見なされなくなったにもかかわらず、持家か借家かの選択(志向)に関しては高水準の持家志向が続いている。これは持家を代替し得る十分な広さのある借家が乏しいことにも起因している。

補章 高齢化の進行と家計貯蓄率の将来展望
第4章における世帯ベースの家計貯蓄率の分析結果と第5章におけるマクロ貯蓄率関数の計測結果を踏まえて、今後の高齢化の進行に伴う家計貯蓄率の変化が試算可能である。前者に対応するのは「年齢階層別の家計貯蓄率が不変という仮定の下で年齢階層別の世帯構成比のみを変化させる」試算手法であり、後者を用いれば「他のマクロ経済要因は固定して、老年従属人口指数の変化のみを反映させる」シミュレーションが可能である。2020年までの貯蓄率の低下幅に関する試算結果は、それぞれ、1.5%と10.0%である。

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経済研究部

石川 達哉 (いしかわ たつや)

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経済研究部

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

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