2001年04月01日

何を捨てるか?

経済研究部 専務理事   櫨(はじ) 浩一

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●大人になるということ
高校生になったばかりのころ読んだ庄司薫の小説の中で「成長して何かになるということは一方で他の何かになる可能性を失っていくことだ」という話があった。「赤頭巾ちゃん気を付けて」だったか「さようなら怪傑黒頭巾」だったのかもう記憶も定かではないが、この部分だけが今でも強く印象に残っている。高校生になったばかりのころの自分にこの意味が理解できたとは思えないのだが、平均寿命の半分を超えて人生の後半に至った今ではこの意味が痛いほどよく分かるようになった。
親も息子には色々なものになって欲しいと期待もしただろう、(自分を見れば大したものになるはずもないのは分かりそうなものだが)、自分でもあんなものになりたいこんなこともしたいと思っていた。「あれをやるためにはこれを切る」という積極、果断な選択を行ってこなかった人生のつけは、あれもこれも可能性がなくなってしまったのに、いまだに他の何かを成し遂げたわけではないという、中途半端な形にとどまっていることに表れている。


●何を捨てるか?
人間、身体は一つしかないし、一日の時間は24時間と決まっている。所詮一人の人間にできることには限りがある。新しいことをはじめようとすれば、何かをあきらめなくてはならない。企業も利用できる人材にも資本にも限りがあり、どこまでも事業を拡大していくことはできない。
どんなに有能な経営者でも事業の範囲が拡大していけば、それを全部コントロールしていくことは難しいだろう。ひたすら事業の拡大を続けてきた日本企業にとって、何かを捨てるのは難しい。不良債権処理が進展せず日本経済が不振から抜け出せないのは、企業の側で過剰設備の廃棄や不採算部門の整理が進まず、前向きの事業展開ができないことも大きな要因だ。右肩上がりの経済では横並びの企業経営で積極的な選択を行わなくてもある程度の発展は可能だっただろう。
しかし現在の厳しい経済状況では、何を選ぶかという選択が企業の浮沈の鍵を握っているように思える。何をするのかという選択は何を捨てるのかという選択と表裏一体だ、あれもこれもというのは選択になっていない。むしろ何を捨てるのかということの方が決断がむずかしく、選択の本質は捨てる方にあるのかも知れない。


●乞う!ご期待
日本の新年度が4月から始まるのには様々な理由があるらしいが、冬の寒さが和らいで木々の新芽が芽吹き、桜が一斉に花開く4月は何か心踊るものがあり、新しいことを始めるには最適の季節だろう。小学校や中学校の入学式に向かう子供の姿は初々しいし、学校を卒業して新しく社会人となる人もいるだろう。転勤や人事異動で新しい職場や仕事に取組むことになった方もいらっしゃるだろうし、昨年度と同じ職場にとどまり同じ仕事をするのでも新年度からは何か新しいことを始めようという気分にもなるだろう。
というわけでスケールは小さいものの我々も新年度を迎えるにあたり、調査研究の選択という決断を行ったわけです。『新しい「経済調査REPORT」でタイムリーな分析や政策提言を行っていく』という選択のために、何かを捨てざるをえない。Monthly Reportは今月号をもって最後とさせて頂くことになりましたが、長い間ご愛読いただきありがとうございました。新年度からご提供いたします「経済調査REPORT」の各分析レポートにご期待頂きたいと思います。

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経済研究部   専務理事

櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野
マクロ経済・経済政策

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