2000年06月01日

寝溜め、食い溜め、働き溜め?

櫨(はじ) 浩一

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寝溜めと食い溜めはできない。眠れない日や食べられない日に備えて、いくら良く寝たりたくさん食べたりしておいても貯金のように貯めておくことはできないということだが、寝坊や大食は意味がないという戒めでもあるのだろう。食べ過ぎの中年太りが役に立ったという記憶はないが、土日に惰眠を貪ればウイークデーの睡眠不足の足しにはなるような気がする。寝溜めには全く効果がないというわけでもなさそうだが、全く睡眠を取らないという状態では人間は何日も生きられないということだ。不眠症で何日も寝ていないという人を詳細に観察すると、本人は気が付かないうちにウトウトとしているという話もどこかで読んだことがある。寝溜めの効果もたいしたことはないようだ。
老後に備えて貯金をするというのは常識だ。人生50年だった時代には溜めるべき貯金もそんなに多くなかっただろうが、人生80年、90年となれば大変な額の貯金を持たない限り老後が安泰というわけにはいかない。昔は学校を卒業して30年程働いて55歳で定年を迎え70歳まで貯蓄を取り崩して生活するということだったとすると、寿命が伸びたこのごろは35年ほど働いて60歳で定年を迎え、80歳まで20年生きるということになる。働く期間と老後の比率は2:1から1.75:1くらいにまで縮小していることになる。


●「働き溜め」はできるのか?
老後に備えて貯金をするということは、若いうちに働き老後を働かずに過ごそうということだとも理解できるだろう。お金を貯めて何をするかといえば、結局将来誰かが働いて作ったものを買ったり、誰かを働かせて自分にサービスしてもらうというように、他人の労働を買うということだ。お金を貯めるというのは、実は「働くこと」を貯めるというのと同じことになる。
若い間に一生懸命働いて悠悠自適の老後を送るというのは理想的な人生のようだが、長寿化が進む中では疑問もある。人生50年、60年といった時代に、最後の5年や10年を何もしないで暮すというのは可能だっただろう。長寿化が進めばそうした期間は20年、30年という長い期間になるが、それに必要な「働き溜め」というのができるものなのだろうか?21世紀半ばに高齢化が進むと溜め込んでおいた「働き」を取り崩し、モノやサービスを買おうという人が大幅に増加する。この一方でこれを供給するために働く人は急激に減少してしまうことになる。「労働」を取り崩そうとしたときに、一体誰が働いてくれるというのだろうか?高齢化社会に備えて社会資本や企業の設備を作っても、2~30年経ったらそれが役に立つかどうか分かったものではない。人口高齢化にそなえて日本経済全体で働き溜めをするなんてことができるのだろうか?


●時間と所得の世代間再分配を
最近ではあまり問題にされなくなったが、バブル景気の盛りには「働き過ぎ」が問題となった。若い時代にせっせと働き老後は仕事をしないで年金生活をするというのは、現役時代には充分な余暇を満喫することはできないが、高齢期に余暇はたっぷりあることになる。人生全体で量的にはつじつまが合うのかも知れないが、余暇や仕事の人生の中での配分があまりに偏っているのではないか。仕事に追われる現役時代には所得はあるが余暇がない、老後には余暇は有り余っているが所得がなくなり生活費が心配だ。余暇は老後に偏り、所得は現役時代に偏っている。このバランスを取り戻すには、若いときの労働時間を減らして、高齢者になってからもう少し働いてもらえば良いではないか。こういう話をすると必ず「年寄りに働けというのか」という反発をくらうのだが、私などはむしろ生きがいのためにも歳を取ってからもする仕事が欲しいと思う。
長寿化で老後期間が長くなればその分の生活を賄う所得が必要だ。21世紀の高齢社会に向けて、現在の年金保険料では将来の世代の負担が大きくなり過ぎる。これを避けるために「現在の年金保険料を引き上げて積み立てで世代間の不公平を縮小させよう」ということが多くの経済学者によって提唱されている。しかしこのやり方では現役時代の「働き溜め」による余暇の偏りをもっと極端にしてしまうのではないか。こうした経済的な観点からだけではなく、社会問題としても余暇と所得の再分配は重要なのではないか。素人考えかも知れないが、働き過ぎで家庭に父親が不在なことも最近問題となっている少年非行の背景にあるのではなかろうか。働き過ぎの世代へ余暇を再分配することは、この問題の解決にもいくらかは役に立つはずだ。もっとも手に入れたヒマをパチンコやゴルフに使ってしまったのでは、何にもならないけれど・・・。

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