1999年11月25日

富に処する

  細見 卓

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古来より富貴は人の望むところであり、人生の目標である。国家であれば、国外に資源と利権を求め、国民生活を向上させることは広く認められた考え方であった。最近こそ富国強兵という考えを全面的に否認する人も多くなってきたが、客観的にみても日本がアジアに権益を拡大した結果、今日われわれが豊かな生活を享受できるようになったということは疑うべくもない。


富に処することの難しさ
富貴は人の古来望むところである。しかし、国家、個人がその目的を達成し、その結果得た富をうまく後世の繁栄につなげるということは難しかった。個人についていえば、「売家と唐様に書く三代目」と、かつて船場の商人が笑ったように、豊かになった商家にとって2代、3代と有能な後継者を生み出すことは困難だったようだ。というのは、一旦富貴に達すると、その富に対しての身の処し方がわからなくなるからである。
このことを社会、国家に次元を変えて世界の歴史を見てみても、国家の興亡の歴史は、富を得てやがて衰退する型の繰返しであった。こうした観点から、ポール・ケネディ氏(エール大学教授、著書に「大国の興亡」等)は、富強になると国家は国際覇権を維持するために軍備を拡大し、結局そのために衰退を招いた事例を挙げ、いわば「軍事衰退論」を唱えた。その論は必ずしも世界のコンセンサスを得るには到っていないが、古くはカルタゴ、ローマに始まりスペイン、オランダ、ドイツなど富の無限の拡大を狙って国防と海外進出を強化した国家が、次々と興亡を繰返してきたことは、西洋史の教えるところである。あるいは東洋における日本もその例外でないのかもしれない。
一旦豊かになった国家、個人が、なぜその繁栄を長期にわたって維持できないのか、これは歴史における最大の研究課題であり、今なお、万人の納得する考え方は樹立されていないようである。衰退の理由は千差万別であろうが、豊かな家庭に困苦欠乏に耐える志のある後継者が育ちにくいことは容易に推察できる。困苦欠乏に耐えるとは言わないまでも、高い志を持って努力を続けることは、とかく豊かになると崩れてしまう。こうしたことは、最近の日本の事情、あるいは豊かな国日本を支えている指導者達を見ても思い当たることが多い。昔、船場の商人は男子に後を継がせなかったというのは、そうした事情をよく知った商人の知恵であった。
今、産経新聞に日露戦争の悲惨な戦闘ぶりが連載されているが、悲惨な戦争によく堪え得たのは、わが国が全体として貧しかったために、兵士の国を愛する献身的な精神が強く生きていたからであろう。


世界的観点の欠如
このような帝国主義的な資源開発や拡大政策が第一次、第二次世界大戦につながり、その結果の悲惨さの極限を見せつけたため、戦後さすがにこのような富の獲得競争を自由に放任したのでは人類に平和をもたらさないということが認識された。その結果、いわゆるブレトンウッズ体制が確立され、世界の資源はその宗主国のためにあるのではなく世界全体のもので世界共同で開発する、あるいは国家間の経済競争の結果困難に陥った国に対しては、世界全体で応急の金融支援をするという理念が打ち立てられたのである。 しかしながら、その後の状況を見ると、豊かな国は益々豊かになり、貧しい国は益々貧しくなって、この間、世界共同体という理念が打ち出されなくなっている。最近の世界紛争、頻発する民族闘争をみれば、いまなお克服されていない問題であることがわかる。
このように、世界の富を公平に分かち合うという理念には、戦後50年経ても立ち到っていない。むしろ、ほとんど昔のままの群雄割拠、あるいは強者専横、弱者絶望化という事態を招いており、帝国主義諸国が割拠していた第一次大戦前の状態よりも、環境を含めるとより深刻な状況となっている。
それはまた、豊かとなった強国がその富や武力を抑制して世界全体の平和を図るという理想を失ってしまったという惨めな状況を表わしている。人間は無限の欲望を持ちそれがまた向上心につながるのも事実であるが、どこかでそうした弱肉強食の事態を世界全体の立場で考えねば、破局に到る恐れも大きい。全ての国が平和で繁栄する生活を維持していくためには、ある程度強国の犠牲も必要であるにもかかわらず、強国の間ではそのような観点から世界の再構築を考えるという思想が衰え、米国ですら一国繁栄の誘惑に抗し切れないようである。
ローマの昔から人類がいつも失敗してきた悲惨さが、今日に到るまで克服されていないのは残念なことである。日本にも富国強兵策が行き過ぎた歴史がある。今回キルギスで4人の日本人が人質にされて悲惨な事態になったが、世界的な視点からの配慮が一層要請される。日本は世界的観点から大いに考えねばならない時が来ているようである。

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