1999年10月25日

年齢差別

細見 卓

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学校や職場など何らかの年齢差別を設けている組織が、日本では非常に多い。年齢差別の中には、もちろん不適な若年者に対する排除の目的のものも、また高齢者排除の目的のものもある。もっとも、例えば現在の小学校入学適齢の如きは既に制定されて久しく、その後の社会変化や児童の早熟化を見れば、むしろ時代遅れの感さえある。早期入学をなぜ禁止しているかについて時代に対応した再考の要もあろう。また、早生まれ遅生まれの区別などはどれほどの意味があるかも疑問である。


人材の育成を妨げる年齢差別
小学校の入学年齢差別はまだ理解もしやすいが、大学入試に年齢差別のあることを知らない人も多いであろう。大学入試にこのような年齢差別のある一方、日本の学校制度は全体として早期修学を目的としているようで、大学教育についても一定の年齢の間で競争させるような仕組みが強く働いている。そのため会社の中には2年以上浪人をした学生は採用しないというような方針のところもあるようだ。このように大学教育を受ける年齢を短い期限に区切っているために、必要以上に入学競争が熾烈になったり、入学後の勉学心を失わしめたりしている。これは日本だけのことではないが、日本での弊害が特に目立ってきたようである。
これらは日本の教育界に根強い建前の能力平等主義から起こる制度であり、大器晩成型や一芸優秀の人材の発見・育成には適さないものとなっている。また、このような修学期間の制限は勉学上生じた不審や疑問を自分で解決する余裕を与えない制度ともなっている。これらは一見効率の良い教育制度のようにも見えるが、本来的な人材育成には必ずしも適しておらず、今日の人材不足が嘆かれる要因ともなっている。
最近、生涯学習の気運が出てきており大変喜ばしい限りであるが、そうした年月をかけた学習の成果というものは、社会ではあまり尊重されていない憾みが濃い。例えば、諸外国で多く見られるような学士入学、あるいは卒業後の再入学というような本当に学問をしたいという希望に対して、必ずしも門戸は広くなく、世間の評価も高くない。確かに昔は徴兵制度があって、若い壮丁を早く軍隊に取り込みたいという国防上の要請があったが、今やそのようなものはない。自由に自分の勉学の期間を定められるように、年齢差別のような社会規制は根本から考え直す必要があろう。
その逆に、日本の大学では、大学を出てすぐに助手等の地位を得れば、その後は学問的成果に関わらず、助教授、教授と年齢だけで昇任していく制度のように、いわば既得権だけを尊重するようなことも行われている。一定の学問的成果を挙げた人達が選ばれて、講師、助教授、教授となっていくのではなく、一旦就任すれば学問や研究の成果にあまり関係なく昇任していくということは、日本特有の制度で、また大学の衰退ともなる。こうしたことは真の人材の登用には適していないと思う。


停年制度の再考を
一方、日本には厳しい停年制があり、よほど才能のある人でなければ、停年を超えて従来の仕事を続けることがほぼ不可能となっている。人間の能力には大きな偏差があり、その偏差は停年を迎える頃になって縮小するのではなくむしろ拡大している。そうした人達に一律に停年のような年齢差別を課することは、折角の人材を失う効果しかないのではなかろうか。ましてや、はるかに能力の劣る後輩に押されてトコロテン式に有能な人達を排除していくのは、日本的悪平等であり、組織にとっても大変な損失である。
日本の年金制度は現在崩壊に近い状況に陥っているが、この危機から逃れる最良の方法は、このような一律の年齢差別を度外視して、体力・知力ともに優れた人達に職場を与え、年金会計の負担を引き下げることである。これは誰もが納得する救済策であろうと思われる。有能、無能に関係なく一律に停年を適用し排除していくのでは、退職後年齢受給までの収入保障も問題となる。また、新しい職場の選択をますます困難にするように年齢加算をするのは、むしろこうした点からも問題に逆行する措置で、雇用の流動化の妨げとなっている。
心身ともに健康な人には、引き続き社会のためにそれを活用していくような才覚を加えないと、無為の高齢者が徒に増加していくこととなり、現状からの救済は無理となろう。

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