1999年10月01日

2000年問題の経済への影響

櫨(はじ) 浩一

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初期のコンピュータでは記憶装置が高価だったので、容量を節約するために西暦を下2桁で表すという習慣があった。このため「00」が1900年なのか2000年なのか区別がつかなくなり、様々な混乱を引き起こす可能性がある。2桁の西暦を4桁にすれば良いのだから大した問題ではないと思われがちだが意外に面倒な問題だ。実際に2000年問題に対応しているはずの自分のパソコンが1999年を2099年と間違えて、利用期限切れでソフトが動かなくなるという経験をして始めて問題の奥の深さを実感した。対応が済んだと思っていても、思わぬミスがあったりして完全ということは難しそうだ。1999年から2000年に年が代わる1月1日の午前零時は当然として、これ以外にも問題が起きる可能性のある危険日が幾つもある。無事に新年を迎えることができたとしても、まだまだ安心できない日が続く。
銀行間のネットワークなど主要なシステムについては入念なチェックが行われているので、これらを構成しているコンピュータが止まったりするようなことはなさそうだ。しかし、すべてのコンピュータや様々な機器に組み込まれたチップのチェックを完全に行うことは不可能に近い。実際に問題が起っても大体は部分的な問題で人間が対応することは可能だろうが、コンピュータ・システムに頼っている現代社会では、経済活動に影響が出る可能性も否定できない。しかし、さらに懸念すべきはこの問題にからんで、企業の投資や在庫管理、あるいは個人のちょっとした行動が景気を大きく変動させてしまう可能性があることだ。
先ごろ経済同友会が行ったアンケート調査によれば、2000年問題に備えて原材料や部品などの積み増しを考えている企業は、製造業のうちで約4割にのぼり、製品の在庫積み増しなどを計画している企業も3割近くに上る。これらの企業がわずか5%ずつ在庫を積み増しただけで今年の10-12月期の経済成長率を0.2%くらい押し上げてしまう。2000年を跨ぐ資金調達が難しくなるかも知れないと考えて、手元流動性を確保しようとしている企業も2割以上ある。いつもの年末年始よりも多めに現金を用意しようという家庭も多くなるに違いない。日銀は年末の資金供給を例年以上に潤沢に行う予定だが、思わぬ金利上昇のきっかけにならないとも限らない。
より大きな問題は、2000年問題をきっかけに長期にわたる拡大を続けている米国経済が景気後退に陥る恐れがあるということだ。米国経済は、失業率の低下にも関わらず生産性の向上でインフレにつながらず、財政赤字は減少するなど理想的な姿にも見える。米国経済は80年代の沈滞を脱し、高成長を続けることができるというニューエコノミー論が盛んに主張されている。しかし、この繁栄の裏には様々な不安要因を抱えている。米国の家計貯蓄率は98年末頃からマイナス傾向になっているが、これは世界中を見ても極めて異例のことだ。家計は手取りの所得以上に支出していることになり、消費の拡大は株価の上昇などキャピタルゲインに支えられてきたことを示している。米国の国際収支の赤字は過去最大になっているが、この赤字は世界中から好調な米国経済を評価して流入する資金で賄われている。悲観的な見方をすれば、現在の米国経済の好調は全てが好循環に回っているだけで、一度歯車が逆に回り出せば消えてしまう危ういものだということになる。
コンピュータの2000年問題が引き起こす景気の波はそれ自体は大したものではないかも知れないが、順回転している歯車を逆に回らせるきっかけになりかねない。米国では家庭に年末には車のガソリンを満タンにしておく、食料の買い置きをするなどのアドバイスが行われている。それぞれの家庭が少しずつ購入量を増やしただけで、年末に向けて莫大な消費需要が発生し、2000年に入ってしまえばこれは逆に消費の減少要因になるはずだ。産業面を見ても数年前にこの問題が注目され始めたころには、ソフトやハードの修正にかかるコストは全世界で数十兆円から数百兆円にのぼるという推計があった。
当然、これらは最近の情報関連投資として現れているはずである。米国の情報関連企業は好調を維持しているが、2000年が過ぎれば投資が一巡し業績の伸びが大きく低下する可能性もある。企業業績の鈍化から株価が上昇を止めれば、株式市場に流れ込んでいた資金は逆流するかも知れない。好循環で米国の景気拡大を支えてきた全ての要因が逆に回り出しかねない。
コンピュータの2000年問題で実際に工場の操業が停止したり、商品の配送などに支障がでれば景気への影響は免れないことは言うまでもない。しかし、そうした混乱がなくとも景気には相当なリスクとなるということを十分に念頭に置く必要があるのではないか。

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