1999年09月01日

求められる名目価格重視の経済運営

小本 恵照

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経済活動を語る時には、実質価格で議論するのか名目価格で議論するのかというのが大変重要な問題である。一般に、景気動向を議論する時には、実質価格での動きが注目されることが多い。景気の本格回復が期待される中で注目を集めているGDPの変化では、通常実質GDPの動きを対象としている。また、家計調査による消費や所得についても実質ベースで議論されていることが多い。金融政策でも実質金利がしばしば取り上げられる。
これは、景気動向が実体的な経済活動の動きを意味するものであることを考えると、ある意味当然であるといえる。名目価格が2倍になっても経済活動の実体は変わらないためである。
しかし、ここで留意しなくてはならないのは、現実の経済活動は全て名目価格ベースで行われているという事実である。売上高、利潤、消費、設備投資、住宅投資……重要な経済活動はすべて名目の話である。すなわち、実質価格ベースの経済活動は、経済の実態をより正確にとらえるという点では「実質」であるが、実際に目に見える経済活動という点からみるといわば「架空」の活動といえなくもないのである。
名目ベースの活動が、今後の経済活動に対して何ら影響を与えないなら、経済政策運営は実質ベースの経済活動のみに注目することで足りる。しかし、名目ベースの活動が景気に影響を与えるなら、その動きにも注意を払う必要が生じる。
1990年代に入り、景気回復局面でも実感を伴わないことが指摘されることが多いが、これは正に名目価格ベースの動きが影響を与えているためだと思われる。1990年代は、実質GDPの伸びと名目GDPの伸びの乖離は0.6ポイントしかなく、しかも1994年以降は名目の動きが実質を下回ることが多い(図表-1)。いわゆるデフレ的状況である。このため、3-4%の実質成長があった時も、名目では2%程度の成長に止まり、景気回復が実感できなかったと考えられるのである。例えば、3%の実質成長率がみられたといっても、名目成長率が1%の経済と、名目成長率が5%の経済では、人々の経済成長に対する受け止め方はかなり異なると思われる。景気の回復が喧伝されても、名目の経済活動が5%位伸びないと、人々はそれを実感できないと思われる。
景気回復の実感が欠如しても、それが経済活動に大きな影響を与えないなら特に問題はない。しかし、現実には、経済成長に対して望ましくない影響を及ぼしている。現在のように、主要な耐久消費財がほぼ全世帯に普及し(図表-2)、過剰設備が問題となっている経済では、特に急いで消費や設備投資をする必要がない。このため、景気回復を実感するまで消費や投資を先延ばしすることが経済合理性に合致する。景気回復感の欠如は、こうした消費や投資の先延ばしによって、本格的な景気回復を阻み、長期的経済停滞の原因となっているのである。
1-3月に続き、4-6月の実質GDP成長率もプラスとなるなど、ようやく景気回復の兆しが見え始めているが、それを持続・拡大させ、本格的な景気回復につなげて行くためには、人々に景気回復の実感を与えることが大変重要である。そのためには、名目ベースでの経済活動を拡大させることが必要であり、インフレ率を政策目標に据えた経済運営も必要かと思われる。インフレには、一時点を捉えると所得分配面での歪みなどのマイナス効果を持つが、中長期的な経済成長に対する効果を考慮するとプラス・マイナスの判断は意外と難しいと思われる。

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