1999年08月25日

人材育成の急務

  細見 卓

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企業の構造改革の必要性が謳われてから久しいが、今日なお経済が十分な活況を呈していないということは、結局、企業を新しい方向に指導する人材の発見が遅れていることの現れと言わねばなるまい。企業の人事となると、依然小細工的な組み替えのようなことが多く、企業の面目が一新するような人事の刷新は行われていないようである。また、人材活用とは、埋もれた人材を見出して新しい責任と刺激を与え、能力の顕現を引き出すことであろうが、そうした施策は、既得権の温存を図る旧勢力のために、日本では十分に活発化していない。今までとは違う新たな人材に指導的地位を与えて、大幅な組織の組み替えを行うことが、企業の再建強化のために不可避であることは分かっていながら、今日まで十分な実現を見ていない。


硬直的な日本社会の人材活用
終身雇用的な慣行が今なお強いために、人材の流動化とか外部人材の登用というような思い切った施策が取られにくい。これは今の日本の企業に限らず、日本の団体全般の致命的な欠陥なのかも知れない。昔の日本の陸軍や海軍では、軍の学校での卒業時の成績がその後の全ての経歴を支配した。「将軍は自分が昔戦った戦術を用いる」と言われるが、近代戦争となり思い切った斬新な戦術の採用が必要な時に、折角集めた多くの人材の才能を抜擢して積極的活用をする作戦ができず、それがために不幸な敗戦を招いた。革新ができないのは日本の宿痾(註:「持病」の意)のようだ。
今の日本企業の当面している事態は全く類似したものである。採用時の成績や職務の経歴がずっと尾を引き、折角採用した変化に富む多数の人材を活用する道を知らず型にはめて、いわば宝の持ち腐れにしてしまっている。これが今日の停滞の大きな原因と考えられる。経済や企業が行き詰まって再出発を迫られているにもかかわらず、人に対する評価が安易な出身大学等の表面的評価に支配され続けているという状況は、今なお十分には改まっていないようだ。
このように人材の全面的な活用が不可欠であるが、その育成、強化にあたるべき教育についても失望を禁じ得ない。学卒者の学力、企画力、業務遂行の面を見ると、学校で非常に不十分な教育しか施してこなかったと思わざるを得ない。最近頻繁に話題に上るが、物理、化学など自然科学の分野で基礎知識のない理学部、工学部の学生が多かったり、人間や社会の歴史について十分な理解力、包摂力を持たない法文系の学生が増えている。活用しようにも人材が育っていないというのが、日本の現状ではなかろうか。


教育の衰退による人材の不足
こうした状況に対して、文部省は“ゆとりある教育”という、日本の現状にとって最も憂うべき学力の低下を更に促進するような教育方針を打ち立てたようである。これは全く時代の要請に対して逆行した方針と言わざるを得ない。なるほど日本の高校、大学の入学試験はかなり難しく、水準も高いと言われるが、それは偏差値を重視し、いわば暗記力のみ優れた者を選び出すシステムであって、包括的な判断力、研究心、推理力を訓練してきたとは言い難い。
国語、数学、英語などの基礎的な学力はもちろんのこと、物理、化学のような日進月歩でその水準が高まっている学問について、十分な教育を施さない日本の普通教育システムは大いに改めねばならない。敬語の使えない会社員、分数さえできない大学生が出てきているというのは、日本の教育の大きな失敗とさえ言えよう。
人材の活用、埋もれた人材の発掘と社会や企業でいくら唱えても、そもそも有為な人材が不足しているというのが実状なのかもしれない。かつて、フランスのドゴール大統領に、日本の首相が「トランジスターラジオの行商人」とからかわれたことがあったが、地位相当、責任相当の対話ができない教育しか行われてこなかったせいでもある。今日のように、従来の方向を改めて新しい進路や領域を開拓していかなければならない時代に、それを指導する人材がいないというのは、教育の悲しい現実である。
世界の人士に伍して、指導的会話、言論を戦わせうる人材が育っていないということは、遅れて発展した日本の宿命とも言えるかもしれない。G7の主要メンバーとなっても、そこでの対応が日本の特殊性を弁ずるだけに終わっているとすれば、日本の国際的地位を高めるものではない。日本経済の活性化が叫ばれて久しいが、日本経済を活性化すべき人材が不足しているという惨めな状況に対しては、国をあげて猛省を要すると思われる。

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