1999年07月01日

日本人はなぜ豊かになれないか

経済研究部 専務理事   櫨(はじ) 浩一

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統計で見る限り日本人は世界で最も豊かな国民の一つのはずだ。各国比較には所得をドル換算する必要がある。このため為替相場の変動の影響でも順位が変動してしまうので、厳密な比較は難しいが大体の傾向はつかめる。これで見ると、日本の一人当たりGDPは世界第3、4位、米国は日本の4分の3ほどしかない。しかし、日本では実際の生活が豊かだと感じられないという声が大きいのはなぜだろうか?「くたばれGNP」と叫ばれたのは高度成長期末期の狂乱物価の最中だっただろうか、バブル景気の最中には生活の豊かさが感じられない原因として、地価の高騰や労働時間の長さが指摘された。バブルが崩壊して地価は暴落し、不況による「残業カット」で労働時間も無理矢理短縮された。それでもやはり生活は豊かになったとは思えない。
バブル経済崩壊後の閉塞感の中で再び経済成長を求める声が高まっている。21世紀の高齢社会を考えても、経済成長は若年層の年金や医療負担の増大という問題を大幅に緩和してくれるはずだということだが、これで豊かな生活が実現できるのだろうか。
先進諸国と日本の経済構造を比べてみれば、明らかな違いに気がつく。それは、日本経済の消費の割合が異常に低く、投資(固定資本形成)の割合が高いことだ。日本はGDPの3割を投資に回しており、消費の割合は7割に過ぎない。米国では消費の割合は8割を超え、投資の割合は2割にも満たない。製造業の比率が高く日本と比較的経済構造が似ていると言われるドイツでも消費の割合は8割近い。おかげで米国の1.3 倍あるはずの一人当たりGDPも、消費のレベルで比べればほぼ同じになってしまう。
生産を行うためには資本ストックが必要だから、経済規模を拡大しようとすれば消費を抑制して投資に振り向けなくてはならない。経済の生産力は決まっているから、明日の生産のために投資を増やそうとすれば、現在の生活を豊かにするための消費は削らなくてはならない。今日の豊かさを取るか、明日の豊かさを取るかというトレードオフが存在する。
日本は明治以来先進諸国に追いつき追い越せとばかり、明日の豊かさを夢見てせっせと投資に励んできた。高度成長期は投資が確実に高い経済成長に結びついた。しかし、欧米先進国へのキャッチアップが終了し、人口高齢化の影響が出始めた今では日本の潜在的な成長力はかつてに比べれば低下している。それにも関わらず、相変わらず高投資という経済構造が続いているのだ。消費を削って貯蓄した資金は本当に経済成長を高めるのに役にたっているのだろうか?日本の企業部門の投資額は7241億ドルで、米国の6514億ドルを上回る。日本の経済規模は米国の6割くらいしかないから、経済規模に比べて日本企業の投資額は著しく多い。高度成長期ははるか昔のことになり、日本の成長率は欧米諸国と比べてお世辞にも高いとは言えない。経済規模に対する投資の多さを企業経営の観点でみれば、投資が収益の拡大に寄与していない、つまりは投資の効率が著しく悪いということになる。
日本経済は一人当たりの生産は多いのだが、それを現在の豊かさに直結する消費に使っていないのだ。どれほど経済力があっても、それを現在の生活のために使わなければ豊かになれないのは当たり前のことだ。しかも、消費を削って築き上げた貯蓄は生産の拡大に役立っていない。高齢化社会を目前にして投資が行えるのも今のうちだという考え方も確かにあるが、今作った資本が数十年先に役に立つという保証はない。下手をすれば、将来人々がストックの維持に汲々とする恐れも多いのではないか。
確かに、老後に向けて貯蓄を続ける家計の財布のひもを緩めることは簡単ではない。しかし、国債を発行して大規模な公共投資を続けることはいつまでもできないことは誰の目にも明らかだ。企業の設備投資の伸びに期待しても長期的にはまた新たな問題を引き起こすのではないか。バブル経済の失敗は、民間企業の過剰な設備投資にも原因がある。バブル崩壊後の経済不振から抜け出して持続的な経済成長を実現する道は、難しいことではあるが消費を拡大する以外に道はない。家計が貯蓄を減らしても老後に不安のない高齢社会のシステムを早急に整備し、消費拡大の基盤を整備することが重要になっている。

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経済研究部   専務理事

櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野
マクロ経済・経済政策

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