1999年06月25日

リスクキャピタルの育成

  細見 卓

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日本経済の根本の競争力を強化するために、政府は本格的に取り組んでいるようである。日本経済の活性化にとって、経済の調整から生ずる過剰労働力を如何に吸収して再活用するかが大きな課題の一つである。先月号でも取り上げたが、日本の製造業を厳しい状況から脱却させる受皿として、サービス産業の活性化を図ることが特に重要である。今回はその雇用の創出にあたって、日本経済に最も不足しているのは何か、米国の成功とどこが違うかについて考えてみたい。


安全性を極端に指向する日本の資本
日本においては、外国と違って廃業する企業の方が開業する企業よりも多く、その格差は開く傾向にあると言われる。新しく事業を起こす際に最も重要なのは、その起業化を可能にするリスクキャピタルの供給が開かれていることである。日本においては資本の蓄積が乏しい訳ではなく、個人の金融資産は一千数百兆円といわれむしろあり余っている。しかしそうした資本の多くがリスクを避けて、安全な預貯金となったままである。新しい起業家を助けることにはさほど活用されていない。銀行に集まった資金も銀行自身が再編の過程にあるため極端に臆病になっており、預貯金がリスクキャピタルとして企業を興し、雇用を創出するという方向には向かっていないようである。
資本は基本的には臆病であり、安全な対象を選ぶことは当然であるが、日本の場合は安全性指向が極端であり、企業の生命力である資本として活用されることが少ない。そうしたことが今日の経済長期停滞の根本原因である。
資本は臆病であるとはいえ、利益を生むことに相応の見込みがあれば、大胆に投資活動へ向かうものでもある。過去を振り返っても、土地バブルの時には不必要なほど投機的資金が土地等に向かった。何が日本の資本をかくも安全第一の資産指向に集中する傾向を生み出したのだろうか。新聞紙上で見る限りビッグバン時の資産の安全のみが貯蓄者の最大の関心になっている。


キャピタルゲイン課税の大胆な再考を
資本が基本的に自己保全をはかるものである限り、投資に伴うリスクへの制度としての対処が重要である。そうしたリスクは金融税制その他の公的な施策によって大きく軽減されうる。いわゆるレーガノミクスの成功は、大幅な減税もさることながら、キャピタルゲインに対する優遇を大胆に打ち出したことにある。利益が出た時には比較的軽い税ですみ、損失が発生した時には他の利益との相殺や長期の損失繰延べを手厚く認めるというレーガノミクスにより投資が活発化して米国の経済復興、企業隆盛がもたらされたのであるが、そうした面を日本の政財界は注目する必要があろう。
もちろん日本においても、成功報酬であるキャピタルゲインの軽課措置は多少とも講ぜられているが、米国ほどではなく、また投資の失敗によって生ずるキャピタルロスに対する取扱いは、米国と比べ著しく酷なものとなっている。貴重な自己の蓄積を危険が伴う新規事業に投資する際には、そのキャピタル損益の取扱いがどれほど寛大であるかが重要な決定要因である。
日本においてはキャピタルゲインを不労所得として取扱い、平等主義の考えから軽課することに積極的ではなく、またキャピタルロスに対する取扱いは厳しいものである。自己責任の観点のみが強調され、それが社会経済の発展のためにも投ぜられたことへの配慮を著しく欠くものとなっている。
最近、キャピタル損益の取扱いについていろいろな議論が行われているのは好ましいことであるが、他の所得との公平感を唯一の拠り所とし、不労所得として重く課税し、投機的なものに対しては厳しく対処するという古い観念から抜け出していないようである。欧米諸国における経済振興策としては、金融政策ももちろん重要であるが、投資に対する寛大さが新しく投資を生み出す大きな要因となったことが事実である。雇用の流動化は重要な課題であるが、キャピタルゲインに対する適正な取扱いが、新規事業の隆盛をもたらすためには非常に大切であり、また世界的にも歴史的にも有効に作用してきたことを今一度考え直す必要があろう。
日本の税制論議においては、勤労所得を如何に軽課するかということが最大の課題とされてきたが、その成功による蓄積を使って、その「勤労所得を生み出す企業」を如何に生み出すかということに重点がおかれねばならない。薄っぺらな公平感のみで不労所得として扱っていては、資本の活発な活動を期待することはできない。レーガンノミクスにおいて、キャピタルゲイン軽課が所得税減税とともに重点がおかれ、また政治的にも国会論議の中心になったことを今一度われわれは思い返してみる必要があろう。リスクキャピタルの造出にはそれなりの装置が必要であることを訴えたい。

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