1999年04月25日

自前の防衛論を

細見 卓

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NATO軍、主として米軍による爆撃が、ユーゴ・コソボ問題の解決のためのいわば最後の手段として打ち出された。しかし、その所期の効果があらわれる前に、大量の難民流出やコソボ住民に対する残虐な圧迫が加わえられているようである。冷戦時代にあっては、このような問題はユーゴのチトー元大統領のいわば強大な権力によって抑えられてきたが、その権力が崩壊するとともに昔から「火薬庫バルカン」とよばれたユーゴの問題が再現している。


東西冷戦の終焉により世界の紛争解決力は弱まった
最後の手段としてたのむ米国の軍事力の活用も、イラクで既に所期の効果を得られないことが明らかになっており、米国軍の爆撃はフセイン政権の弱体化・クルド民族の独立運動を刺激し、トルコにも大きな不安を与えている。パレスチナ=イスラエルを巡る問題も、当面は米国が望むような解決には達しそうにない。
つまり冷戦下にあっては、少なくとも自由陣営諸国の問題は米国の威力によって解決され、東方地域の紛争は、好き嫌いは別としても旧ソ連の強い力によって問題の表面化が抑えられてきた。ベルリンの壁の崩壊、ひいては東西冷戦の終焉は、人類に平和の配当を保証するはずであったが、結果はますます世界全体が混乱に落ちいってきている。これを「中世の再来」と呼ぼうと呼ぶまいと、これらの諸紛争を解決する圧倒的な力を持った国が存在しなくなったと言わざるをえない。また「帝国の時代」を懐古的に望む声もあるが、今はかつての帝国のように、治安維持の負担に耐える国としての威望も政治経済力も共にとび抜けた国は存在しない。世界はまさに将来を予測できない端倪すべからざる混乱の可能性を秘めている。
アフリカで起こっている民族間の虐殺や闘争は、これを抑止しようとする勢力すら現れていない状況である。今はやや小康を得ている中央アジア諸国は、ロシアの弱体化した現況や、それらの諸国がことごとくイスラエル教徒であることを考えると、西側諸国の手でこの地域に平和裏に安定と繁栄をもたらしうるかは楽観を許さない。この他の地域も、アジアの如く紛争の種は多々存在しており、世界唯一のポリスマンである米国に全面依存して、次代の平和維持・確保が出来るかどうかは怪しくなってきている。21 世紀が本当に人類にもたらされる輝ける世紀かどうかについては、今の世界を構成する諸国家が余程の努力と自制心を働かせない限り、繁栄の世紀の実現は困難に見える。戦争で始った20 世紀の繰り返しになりかねない。


他国依存からの脱却した安全保障論議を
世界がかくの如き状況にあるわけだから、「日米安保体制さえあれば日本の平和は自動的に保障される」といったような平和ボケの日本の繁栄を引き続き認めてくれるとは考え難い。また大量殺戮兵器が世界にあふれている時だけに、日本のように核兵器放棄の政策を押し通して、独力で政治的・軍事的に乗り切っていくには大いなる工夫を要する。今の日本の平和は、その要を外に依存する体制の上に成り立っていることを考えれば、まさにこれほど安全性が脆い国は世界に類はないと言わねばならない。
にもかかわらず日本の国内世論は、景気の上がり下がりのような経済問題に関心が集中しており、世界情勢下における日本のあり方について、政治家を含めてほとんど関心が払われていない。最近は北朝鮮の挑発によって多少とも関心が高まっているが、日本として自前の安全保障政策が、アジアあるいは世界においていかなるものであるべきかについて真剣な論議がなされて来なかったことは、日本人としても奇異な感じを抱かざるをえない。
この4月から国会において、日米安保体制にまつわるいろいろな問題点を取り上げて、日米防衛協力のためのガイドラインが抽象論ではなく具体論に踏み込んで議論されるようである。予算審議後の今国会の最大の議題として最終的にはその成立をみると言われているが、早期の成立もさることながら、議論の中味をタブーや偏見を無くして真剣に検討すべきであると思う。
自国を如何に守るか、どのようにして他と競争するかについて、確固たる信念を持たない国であっても世界で生き残れるという希望的観測を捨てて、一刻も早く眼を覚まし、犠牲を伴っても、現実的で、有効的、具体的な措置を真摯に考える時であると思う。

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