1999年03月25日

「草枕」に思う

  細見 卓

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日本社会がなかなか一筋縄にいかないのは、昔からのことのようである。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」というのは、明治時代の文豪、夏目漱石の述懐であり、多くの日本人が共感をもって記憶している言葉である。漱石をして悩ませた日本社会での舵取りの難しさは、今も昔も変わっていないようだ。


困難な平時の改革
合理主義に徹するか、和を重んじて妥協的に追随するかというのは、ここかしこでいつも起こっている現象である。日本で大きな改革が可能であったのは、黒船襲来、敗戦など驚天動地の環境変化が守旧の惰状を許さない時だけであった気がする。かつて筆者が臨時教育審議会(臨教審)の委員であった頃、ある識者の言は「日本で平時の教育改革は不可能だ。」というものであった。結果はまさしくその通りになっているようだ。
最近の行政改革あるいは経済再建計画と言われることがらについても、日本人の伝統的な変化を嫌う体質は根強いようである。前川委員会(「国際協調のための経済構造調整研究会」1986年)以来、経済改革については多く検討されてきたが、実行に移せたものは極めてわずかであった。
理性的に変革の必要を感じ、その具体化について衆議を集めても、その後には多くはうやむやとなり実現されていない。世間では、それは官僚の抵抗のためとされてることが多いが、必ずしもそればかりではなくて、日本人の利害の衝突や摩擦を避ける国民性のゆえと考えた方が実情に近いのではなかろうか。
橋本前内閣において、規制緩和の徹底や、行き詰まった制度・社会組織の根本改革を図ろうとしたけれども、未だその成果らしきものは現れていないように思える。金融・経済の規制緩和、官僚統制改革、省庁再編などということは、日本が世界からも期待されていた不可避の緊急事であった。そのことをわれわれ日本人は理性的には十分に理解し、その必要にも同意してきたはずである。しかし実際は今に到っても、ほとんど見るべきものはなく、小渕内閣においては、制度の改革よりもむしろ、不況に悩む現在の日本経済の蘇生のためにはどういった策が必要かという観点に関心の重点が移っているようである。


理性的人間に立ち返る時
そもそも日本が現在の経済的困難に直面しているのは、冷戦後の世界の急激な環境変化に対して、漫然としてそれへの対応を怠ったせいである。社会主義国、発展途上国が一挙に国際経済市場に参画したことにより、先進国諸国もそれに対応して新しい枠組みを創らねばならないことは自明のことであった。
理性的に考えれば、過剰になった生産設備を廃棄し過大な雇用を整理し、新しい時代に相応しい技術をもって適応を図るべきであった。日本経済の困難の中には政府や財界の指導者の迷走によって引き起こされたという人為的な側面があることも否定できないが、要は新時代に適合するための改革をためらい、時間を稼ごうとしたことによる。多くの識者が改革の緊急性と重要性を訴え続けたが、この世の中は動かなかった。まさに情に流され続けてきたのである。
言い換えれば、10年余の間公共事業の拡大など政府による需要増大で経済の止血をしようとした結果、「手術を嫌って延ばし延ばしとなり、大きな手術を甘受せねばならぬ」状況に到ったのである。日本人は完全雇用と従業員の信頼確保が日本的資本主義であると思い込んできたのであるが、その根本の適否が問われているのである。われわれは今や本来の理性的・合理的人間に立ち返り、社会的・経済的合理性を受け入れる勇気を取り戻さない限り、日本を再建するのは難しい。
前述のごとく、世界経済の困難は、旧社会主義国・発展途上国の市場参加により、産業構造の再構成を迫られた結果である。そうした経済の基本的発展・進化のロジックをしっかりと見据えれば、日本経済がスリムな体制となり、グローバルな競争に伍して行く体質改善を図ることが根本要諦である。そのための出血は避け難いという現実を真摯に受け入れる覚悟がなければ、いたずらに重く長い労苦を強いられることになりはしないかと懼れる。

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