1999年03月25日

不動産税制の新たな役割について -適正なキャピタル・ゲインの実現と市場活性化に向けて-

社会研究部 土地・住宅政策室長 篠原 二三夫

岡 正規

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1.
バブル崩壊後、右肩上がりの価格形成を続けてきた地価のトレンドは大きく変わり、土地政策の目標は地価抑制から有効利用に転換された。不動産税制も近年は徐々に緩和されてきたが土地の有効利用は思うように進んでいない。このような状況下で、不動産税制は今後どのような役割を果たしていくべきかが問われている。単に税制を緩和するという発想ではなく、不動産証券化・小口化商品などが流通し個人を含むあらゆる投資家が参加できる新たな不動産投資市場の形成を目指し、不動産税制にインセンティブという新たな役割を位置づけていく必要がある。
2.
「猫の目」税制と揶揄されてきた譲渡益課税の60年代後半からの動きをみると、地価変動とともに重課・軽課を繰り返す中で軽課措置への転換が遅れ気味であったことが指摘できよう。従来の土地税制が高水準にある地価を抑制し適性水準まで下げようとしていたことから、このような事情は理解できよう。
3.
社会経済構造変化に伴う中長期的な土地需給の緩和を前提に、97年の「新総合土地政策推進要綱」から土地政策の目標は有効利用促進に転換され、不良債権問題処理に向けた土地流動化の促進と景気回復が重要な課題となった。今年度の土地税制では地価税凍結と譲渡益課税緩和、取引税緩和等が実施され、経済団体からの税制改革要望はほぼ満額で政府に受け入れられた。不良債権処理の目処がたち、政府は景気が上向くとの観測をもちはじめたが、土地流動化の動きは鈍く、景気回復の実感もまだ乏しい。
4.
土地のキャピタル・ゲイン期待は不動産投資を促進させる大きな要因であったが、今後はそれが見込みにくいため、不動産特有の流動性リスク、所有リスクなどが顕在化し、投資行動は慎重にならざるを得ない。このためリスク・リターン特性を切り分け小口で流動性の高い投資を可能にする不動産証券化・小口化の促進は、低迷している不動産市場におけるひとつの突破口と期待される。
5.
米国SLが破綻しRTCによる不良債権処分が進められたことを契機として、住宅モーゲージの証券化を応用した商業用不動産の証券化(CMBS)が一層進められることになった。CMBSでは一定条件を満たせば二重に課税されることのないREMICなどのタックス・シェルター(導管体)が用いられた。REITも法人税と配当に対する二重課税を回避できる税法上の導管体であるが、更に不動産所有者がREITに現物出資することによって、通常の譲渡に伴うキャピタル・ゲイン課税を繰り延べできる仕組み(UPREIT)をもつ。これらのインセンティブは、その後のCMBSやREIT等の急激な成長を通じ、米国不動産投資市場の再生に寄与したのである。
6.
既に制度化されていた不動産特定共同事業による小口化とともに、国内では不動産の証券化が着目され、国内SPC法やサービサー法などの法整備が行われてきた。今後、不動産投資ファンドなど個人も参加できる集団投資の仕組みが整備されたり、米国REITのように不動産証券が普通株式のように上場し流通すれば、国民の資金が良質な不動産ストックの形成を通じて自らの生活に環流する仕組みができあがる。重要なのは証券化を必要とするニーズを見極め、税制上の適正なインセンティブを付与していくことである。
7.
レーガン税制改革は、日本でも広く税制のあり方について議論を生むきっかけとなり、不動産税制の役割についても新たな視点を与えてくれた。1981年改正では一般の建築物で15年という加速減価償却制度を導入し、不動産投資による税効果を最大限に高めた。一方、86年改革では税の中立化と課税ベースの拡大を進めるなかで償却期間を27.5年に拡大し、81年改正以来の償却条件による不動産投資のメリットを大きく縮減させた。しかし、そrwでも日本の47年よりも良いオプションであるし、社会的に重要な住宅政策の一環として、低所得者用住宅供給を推進するための税額控除策(LIHTC)を同時に導入している点にも注目する必要がある。
8.
米国不動産市場の投資動向を示す民間集合住宅着工の山谷は、81年改正によって83年から住宅着工が増えたことを除けば、キャピタル・ゲインの変化とほぼ一致している。米国の不動産税制の中心となるのは、キャピタル・ゲイン課税とそれを左右する減価償却制度の組み合わせである。
9.
日本では、賃貸住宅など一般の建物の市場価値は減価償却とともに低下するため、キャピタル・ゲインは地価上昇がなければ期待できない。逆に、米国では建物の維持管理・経営管理努力によって適正な家賃の上昇を維持し、資産価値を高めてゲインを得る。減価償却を日本に比べて加速的に行えるために、市場価値と残存簿価との差額=ゲインは一層拡大する。加速減価償却は潤沢な資金を生むため、債務の早期返済を可能にしたり、再投資を促すことになる。不動産の証券化は証券を購入した投資家段階で課税されるため、加速減価償却によるキャッシュ・フローの増加は利回り向上に寄与する。
10.
現在、国内で加速減価償却制度などの類似した特例が与えられているのは、ベンチャービジネスなど限られた産業・設備にかかわる場合である。しかし、不動産の流動化が日本の社会経済に与える影響を考慮すると、米国のように(1)加速減価償却と損金の処分・移転などの特例選択のオプション、(2)住宅の改修・更新における一層の加速減価償却、(3)REIT類似制度とキャピタル・ゲイン課税の繰り延べ制度-を創設すべきである。これらは、再び地価上昇を促すための政策ではなく、不動産投資市場の形成・活性化と都市ストックの更新を促進し、日本の社会経済を変革していくための処方箋と言えよう。

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