1998年07月25日

「時務の緊要性」

  細見 卓

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世の指導者や政治家たる要諦は、 "時務を知る"こととされている。 それは 「その時社会が最も必要としていることがらが何であるかの時務を正しく判断し、 それを実行に移していく」 ということである。 もちろん、 日本のように時の政治家に望む限りの高い人格性と指導性を期待することは、 儒教的観念が深く染み込んだ結果であり、 必ずしも現代に当てはめるべきことがらではない。 しかし、 変化の激しく複雑化した現代社会においては、 指導者が時務を知り適確に処理することの重要性は益々高まっている。


時代の流れと時務の変化
今までの日本の歴史を振り返ってみると、 その時に日本が要請される政策は割合明らかなものであり、 それがまた早い速度で変化を続けてきた。 戦後の再建にあたっては、 日本社会の最大の課題は必要な食料・原材料・機械を購入するための外貨獲得であり、 それが時務であった。 それゆえに政府に最高輸出会議が設けられた。 しかし、 日本の経済力が強化され十分な輸出力を持つようになると、 日本が世界から要請されたことは、 GATT等の国際ルールの遵守、 貿易制限の撤廃による市場の開放であり、 更には資本取引の自由化であった。 それらは日本政府の世界に対する避けて通れない対応策となった。 このように、 経済問題に限ってみても時務の内容は急速にまた根本的に変化するものであり、 時に苦痛を伴っても、 昨日までのルールをもってそれを拒否することのできるていのものではなかった。
今アジアはいわゆる通貨危機の最中にあって、 その金融市場も貿易市場もひどく傷ついている。 いかにして東南アジアひいてはアジア全体の活況を取り戻すかはまさに世界の時務ともいうべきものである。 日本が要請されていることは、 まず国の経済力を回復・強化して、 アジア諸国の過剰となった輸出品を吸収し、 また必要な製品・半製品の供給とそれに必要な金融を保証することであり、 それがアジアの繁栄を取り戻す唯一確実な方策である。 日本がそうした役割を果たすべきということは、 IMFをはじめとする世界の世論ともなっている。


日本の経済回復は世界的命題
日本では国内市場の不況と物価下落のいわゆるデフレ現象に対する怨嗟の声が大きく、 国民は当局に力強い経済活力の一日も早い回復のための施策を望んでいる。 日本がアジアの経済危機からの脱出に果たすべき役割としても日本経済の不況克服と強い経済力はいわば至上命題である。 それゆえ米国財務省の高官達が何度となく日本の景気回復、 その根本にある金融不安の克服を強く要請し、 ついには中国をはじめとするとするアジア諸国との合従によって 「日本の金融安定と経済回復が世界的命題である」 と盛んに攻め立てている。
日本人の中には日本経済の窮境脱出が容易でない時に世界経済の牽引車としての役割を押しつけられることは迷惑至極と感じている人も多い。 しかし、 世界中の人々が同様の叫びをあげていることは、 それがまさに日本の指導者達が世界のために是が非でも実現しなければならない義務となっているということである。 真相はどこにあるのか判らぬが、 米国の為替市場への協調介入も外国誌で米国と中国の当局間の取り決めだといわれるようでは日本の評価も下がらざるを得ないであろう。
私が時に外国人から聞かれる一番嫌なことは 「あの戦争の廃虚の中から、 あるいは厳しいオイルショックの後に、 あれだけ見事に日本は立ち直った。 その日本がこれほど長期間立ち直れずにいるということは、 日本から何が欠けてしまったのか。」 という問いである。 それは 「資力か、 人材か、 国民の気力か。」 と聞かれると、 私は答えに窮しやり場のない怒りをおぼえる。
時務を知りそれを実現していくことが政治家たるゆえん、 とは古くからある言葉であるが、 今日ほどそれが切実に思い出されることはない。

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