1998年07月25日

わが国における不動産証券化進展の可能性-課題も多いがフロンティアを前に躊躇せず進むべき-

松村 徹

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証券化商品を必要とする不動産市場と投資家
1.
長期にわたって右肩上がりを続けてきた不動産価格は、バブル崩壊後、受給に応じて変動するようになり様々な投資リスクが顕在化した。このため、不動産投資においても他の金融商品同様、収益性と流動性を重視しリスクとリターンを意識した行動が必要となった。不動産投資パラダイムの転換である。
2.
価格変動リスクのある不動産市場では長期保有が常に有利とは限らない。このため、市場の変化に対応できるよう流動性が高くリスク分散の容易な投資の仕組みが求められる。リスクを切り分け小口で流動性の高い不動産投資を可能にする証券化は、このようなニーズを満たすものである。
3.
証券化投資の特性を理解できる洗練された投資家は、今後は実物投資に証券化投資を組み合わせた投資スタイルに転換していくとみられる。また、証券化により不動産投資の流動性と透明性、小口性が高まれば、個人投資家や海外投資家、あるいは年金基礎など多様で多数の投資家が不動産投資に参加してくると予想される。
4.
証券化を積極的に進めることで、前近代的ともいえるわが国の不動産市場の慣行や法制度に風穴を開けることも可能である。実物投資の手段しか持たない不動産投資市場では内外の投資家から多くの資金が期待できず、証券化により閉塞状態にあるわが国の不動産事業に新たな資金を誘導し、良質な不動産ストック形成を図るべきである。

不動産証券化の現状-制度インフラは一歩前進。専門サービスは外資が先行-
5.
わが国では都銀を中心に、95年から不良債権と担保不動産を対象に試験的な証券化が行われた。これらのスキームでは、リスクの低い社債は機関投資家に販売し、不動産価格変動の影響を受けハイリスク・ハイリターンとなる劣後債券や出資部分は、信用補完のため銀行が購入や出資をするケースが多かった。
6.
98年9月に施行されるSPC法により、法人税と配当課税の二重課税が回避できる国内SPCの設立が可能となり、証券化の手段に新しい選択肢が加わる。しかし、SPCスキームでは自由な運用が難しく、発行証券の買手となる投資化の見通しも不透明でる。また、不動産の試算特性に起因する課題もある。
7.
デュー・デリジェンス、プロパティ・マネージメント、サービシングなど、証券化に不可欠な専門サービスでは、すでに本国でノウハウを蓄積し整備されたマニュアルを持つ外資が先行する。政府の金融再生トータルプランでもサービス制度創設が盛り込まれるなどインフラ整備も始まっているが、これと並行して当該分野に関わる民間企業の積極的な取組みが欠かせない。
8.
米国で商業用不動産の証券化市場が拡大したのは、80年代末のS&L破綻に伴うRTCの不良債権処理以降で、このとき様々な証券化技術と商品の開発が進み、証券化に不可欠な専門サービス技術も確立された。景気回復の追い風もあったが、市場メカニズムへの強い信任を前提とした官民の役割の明確さとリスクを恐れない市場参加者の行動力が特徴的である。
9.
投資家にとって魅力的な証券化商品とは、(1)投資リスクに応じた利回りが設定されていること(リスク・リターンの対応性)、(2)投資リスクとリターンについて合理的に判断できる情報が開示されていること(透明性)、(3)売買が容易で換金性が高いこと(流動性)、(4)小額でも投資できること(小口性)、(5)デット型やエクイティ型など異なるリスク・リターン特性を持つ商品があること(多様性)である。わが国の証券化商品を米国と比較すると、多様な商品の品揃えに欠けており、特にREITにように上場されて透明性・流動性の高い証券化商品が全く存在しない。

不動産証券化市場は創出できるか
10.
95年に金融機関の不良債権処理を目的とした証券化第一号、96年にリース、クレジット債権を裏付けとする資産担保証券(ABS)が解禁、98年にSPC法が制定と、わが国では米国の証券化の歴史を飛び越え、金融資産・不動産の証券化が一気に動き出している。また、少子・高齢社会を間近に控え経済活力の低下が懸念されており、30年にわたる米国の証券化の歴史を繰り返す時間はない。
11.
今後、SPC法等が施行される98年9月から年度末にかけて不良債権の証券化が本格化するとみられるが、これを契機に収益を生んでいる一般の不動産を対象とした証券化も積極的に進め、厚みのある不動産証券化市場の育成につなげていかなければならない。一般収益不動産の証券化を進めなければ、膨大な不良債権処理が一段落した時点で証券化の事業機会は大幅に縮小する。このとき、最大のメリットを享受した外資の多くが市場から去り、わが国には独自の証券化技術も専門家も育つことなく証券化は一時的なブームに終わりかねない。
12.
既存の不動産オーナーの所有志向は根強いものの、事業再編を進める金融機関や企業では自社物件を売却する動きもある。機関投資家である生保は大量の収益不動産を所有するため、今後の動向が証券化市場に与える影響は大きい。また証券化商品の買手としては、将来REITや会社型投資信託など個人投資家も参加できる集団投資の仕組が整備されるまでは、資金力、情報分析力があり自己責任で投資ができる洗練された投資家が対象になろう。
13.
専門サービスは有望な新規事業分野で競争激化も予想されるが、市場メカニズムによる淘汰の過程を経て定着すると思われる。市場創出における公的関与のあり方としては、制度インフラの改善、証券の信用補完、不良債権の最終処理と金融自由化・国際化の推進が重要である。

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松村 徹

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