1998年01月25日

「昨年の金融市場の混乱を顧みて」

  細見 卓

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アジア通貨危機の経緯と原因
タイの資本流出と外貨危機がおそれていた如く勃発した。 その規模と瞬時にして及ぼした影響はいずれも関係者の予測をはるかに超えるものであった。 当時のタイ国政府の認識不足と対応のまずさが被害を大きくしたことは否めない。 このような事態は十分に予期されていたことであり、 高度成長の続くままに、 重要な危険信号を見逃し続けてきたことのつけは大きい。 またこの危機は、 タイ国の通貨がドルを中心の構成要素とするバスケット制 (ある意味ではドル・リンク) であったことに大きな原因があった。 バーツがドルとほぼ固定的な関係を続ける限り、 有利な投資先と金利差を狙って、 大量の外貨が流入するのは自然の勢いである。 このようなドル・ペッグ政策を誤りと批判するのは容易だが、 日本企業ですら大半の取引をドルで行なっていたことからしても、 通貨当局のみを批判するわけにもいくまい。
ODAを通じ多額の円資金がタイに渡っていたにも拘わらず、 日本の資本市場の不備のため、 これらの円資金の東京市場での運用に制約が多く、 運用が便利なドルを指向することが支配的であったということについて、 日本も反省する必要があろう。 なぜ東京の資金運用市場が不便であり利用されてこなかったかについては、 為替管理と短期資本市場の未生育のためである。 短期資本市場の熱意の足りなさを大蔵省と日銀が相互に非をあげつらいあっている。 円がタイにおいてもっと使われる通貨として役割を果たしていれば、 ドルの流出から大幅なバーツの値下がりを一方的に被らされるというようなことはなく、 現状とはやや違う推移を辿っていたのではなかろうか。

繰り返されてきた通貨危機
為替変動の原因については色々な考え方もあり、 一概には言えないが、 (1)インフレ進行の差異 (国内通貨価値下落率の差)、 (2)経常収支の状況、 (3)金利の差異、 等が挙げられている。 タイを例とすれば、 インフレ進行度は米国の比ではなく、 旧平価を維持することは困難となっていた上、 経常収支が大幅に悪化し、 一挙に問題が噴き出たものと考えられる。 同様の現象は、 マレーシア、 フィリピン、 インドネシア、 そして韓国でもかなり顕著なものとなっている。 したがって、 国際通貨の動揺はこれらの国全部を覆い尽くし、 更にはシンガポールや台湾等基本的には国際収支状況が健全な国にも影響が及ぶこととなった。 日本はインフレ格差がなく、 対外競争力の強化によって黒字累積体質を示しているが、 バブル崩壊の後始末の不完全さ、 それによる金融システムの動揺、 更には金融ビッグバンの進行のために、 日本の銀行や証券会社は国際的信用を著しく失墜してしまっている。 日本のこうした状況により、 本来アジア諸国を経済危機から救出する牽引車としての役割が大きく傷ついたままであり、 それを可能にする経済力の回復が見られない。
国際通貨の世界にあっては、 かつて中南米諸国が新興市場として先進国の資金を大量に吸収し、 その不適切な運用のため多くが不良債務と化し、 先進国は大幅な債権切り捨てを強いられた。 また、 その中南米が経済困難を克服し、 その回復過程にあった時、 メキシコにおいて異常な米国資本の流入、 行き過ぎた投資、 その後の資本逃避流出のパターンが繰り返され、 IMF や米国のみならず日本までも奔走したのは記憶に新しい。 今また東南アジアにおいて、 大量の資本流出が経済混乱を引き起こして、 それぞれの通貨に壊滅的打撃を与えているが、 先例からの教訓を得ることがいかに困難かということが窺える。

アジア通貨危機が今後にもたらす影響と日本の役割
今回の東南アジア問題の遠因は、93年の中国元切り下げにより、 東南アジア諸国が中国に対して輸出競争力を大幅に喪失したことにあるといわれる。 東南アジアの通貨が軒並み減価すれば、 これらの国の米国その他の先進国市場に対する輸出競争力は、 中国と比べかなり強化される。 もしこのために中国が再切下げを行い、 またそれが更にこれら諸国の通貨切下げのインセンティブとなることとなれば、 それはまさに為替切下げ競争である。 かつて第二次世界大戦の原因となった近隣窮乏化政策 (beggar neighbor) につながりかねない。 中国は通貨切下げを行なわない旨米国に対して約束しているが、 たとえそれが自国の大きな負担であっても、 中国が切下げ拒否の姿勢を貫くことがアジアの回復のために不可欠の策である。 我々はその中国の努力を多とすべきである。 そして我々日本の果たすべき役割は、 一日も早く金融システムの不安、 金融機関の動揺を克服することにある。 アジアで最も工業力もあり資本蓄積力もある国として、 これら病めるアジア諸国にとって大きな力添えになることを考えるべきであろう。 これが尊敬される日本の国際的な義務と言えよう。

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