1997年12月25日

「アジアで起こった通貨危機」

  細見 卓

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香港・バンコックで始まったアジアの通貨不安は、 関係当局の対策の遅れや影響の深さに対する認識不足が重なり、 今やアジア全土に広がろうとしている。 これは数年前実行された中国通貨 「元」 の大幅な切下げに起因している。 米国や日本の市場で製品が競合関係にある中国と東南アジア諸国・韓国の貿易が、 中国元切下げによって大きな影響を受けることは予想されていた。


安易な外資導入の落とし穴にはまったアジア諸国
見せかけの繁栄やドルペッグの政策に対する安易な安心感から、 タイを始めその近隣の諸国に大量の外資が流入した。 発展途上の国々にとって外資とそれに伴う技術の導入は、 経済発展にとって最も早い達成手段である。 外貨を輸出可能な部門に導入し貿易財を輸出することは、 国内で蓄積可能な資金のみに依存する発展に比べ、 より大規模で早いものとなる。 投下された外資が輸出に役立てば、 元利返済はもとより新たな発展のための資本蓄積も可能になる。 経済交流の活発化・資本取引の潤沢化・迅速化により、 外資導入政策は成長を早期かつ確実にする最良の方法とされてきた。 こうした方法によりアジア諸国は著しい発展を遂げ、 韓国に至ってはついにOECDメンバー国として先進工業国の一員とも目されるようになった。
外資の導入が安全だと認められる間は、 有効・賢明な発展政策であり、 また通貨不安のおそれもない。 今回の場合は、 引続く経済繁栄を前に外貨リスクを軽視したまま大量に外資が流入し、 導入された外資が外貨獲得に役立つ部門以外 (例えばインフラ・建物) にも投資されるようになっていた。 そこへ中国元切下げにより海外市場での競争に翳りが生じ、外貨返済についての疑念が市場に蔓延するようになった。
関係当局がこの変調に気づき、 友好国からの忠告に従って生産に直結せず額も過大となっている外資導入を抑制していれば、 外資の一斉流出による為替市場の混乱もなかったはずである。 以上は、 あと知恵のきらいはあるが残念なことであった。
これは昔から商人の間で知られる 「借金をする時には返済の方途を考えておく」 という単純な教えに反した行動が引き起こしたものである。 マハティール首相が 「資金が投機的で攪乱的である」 と外資を非難したが、 そもそも投資を行なう外国資本は臆病なものであり、 些細なリスクに対しても敏感に反応するものである。 この点で、 投資と投機の区別を論ずることの実益はほとんどない。 むしろ、 返済能力をこえる借金をしたがために金繰りに窮し、 ひいては通貨の信用を落とし切下げを余儀なくされたという、 国際通貨の世界によくある局面と言えよう。
結局タイのみならずインドネシア・マレーシア・韓国の通貨も大幅な切下げを要請されたが、 このことはこれらの国々の輸出競争力の回復に最終的につながることである。 今後これらの国々と香港・中国との相対的な輸出力の角逐 (かくちく) が予想されるが、 それはまた今後のアジア地域の経済運営の困難を予想させるものである。


日本の混乱解決には不安を一掃する不動の決意表明が必要
アジア全土に通貨切下げ・資本市場の混乱が起こり、 それは日本・米国・欧州にも波及必至とする人も多い。 しかしながら、 日本でのできごとは他のアジア諸国のような 「過大な借金のための金繰りの蹉跌」 という性格ではない。 つまり、日本の金融機関がバブルに浮かれ過大な融資や増資を行なったためそれらが不良資産化しているという国内問題である。 経済政策のまずさもありバブルの抑制に充分敏速に対応できなかったことや、 バブル処理に必要な資金調達について、 政策当局が断固とした一貫した措置をとらなかったことから生じた市場の混乱である。 したがって、 この不安は国内的なものであり、 国内で対策宜しきを得れば、 海外に波及する必然性をもったものでもない。
戦争で最も愚劣な作戦は兵力の逐次追加投入であり、 ずるずると戦局に引き込まれることである。 不安・不信を一掃する政策意図を明確化し、 不動の決意を表明することが肝要であろう。 日本には1,200兆円余の個人金融資産があり、 また海外の資産も巨額に上っている状況である。 この混乱の原因は、 公私双方の責任者の不動の決意といったものが、 市場では認知されていないことがあるようにみえる。 昔ルーズベルト大統領急死後、 「選挙されざる無能の大統領」 といわれた副大統領トルーマンの机上には"The Buck Stops Here.(決定責任はここより先になし)"とあった。 つまり 「私が全責任をとり責任回避をしない」 という決意を内外に示したのである。 このことがトルーマンにルーズベルトを上回る名大統領の評価を得せしめたということが、 今思い出される。

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