1996年08月01日

サミットの回顧

細見 卓

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第4ラウンドを迎えた先進国首脳会議は、今回、フランスのリヨンで開催され、国際テロ行為の禁圧、ロシア援助の継続等の緊急措置を除き、世界経済の現況を先入観なく理解・討議し、協調的な政策取決めが宣言され、成功裏に終わった。

振り返ってみると、同じフランスのランブイエで開かれた第一回首脳会議時のテーマは、オイルショックによる世界経済の暗澹たる展望にいかに対処するかということであった。主要国の首脳達が知恵を絞りあった当時の緊張感が、今はほとんど見られなくなった。世界の資金の大半が産油国に集中し、それぞれの国庫が今にも空になるという危機に面したときのような切迫感がなくなったことは、考えてみれば喜ばしいことである。時の世界的問題に対処する国際会議は、歴史的に見ても成功ばかりとはいえないが、会議が決裂した時の世界経済に与える影響は真に大きく、振り返ればパリでの賠償会議の失敗が、世界恐慌の要因となったことは忘れられない。

オイルショック前の国際経済問題は、主としてOECDが議論の場であり、その小委員会であるWP3で主要国の経済討議が行われ、それに参加する10カ国の意向が世界の経済政策を決するものとして認められていた。参加国は現在のG7にスウェーデン、オランダ、ベルギーを加えた10カ国であった。'60年代の国際金融危機に際しては、これら10カ国が主となり、IMFにGAB(General Arrangements to Borrow)の権限を与え、これらの10カ国でIMFの資金不足に対処する等の方策がとられた。このGABは、昨年のハリファックス・サミットにおいても再強化が約束され、メキシコ危機のような国際金融危機に対処することになったことで役割が再確認された。こうした当時の国際的な最高意思決定会議も、アメリカの目からみれば、欧州勢が多すぎるという不満があり、世界経済の実情に沿わないとされるようになった。しかし、一旦発足した国際会議で、そのメンバーを削減することは至難の業で、その間密かにメンバー縮小の討議も図られたが、遂に実現することはなかった。しかし、過剰ドルの氾濫、石油騰貴による国際金融の攪乱にいかに対処するか、更には、ドルフロート後の国際金融秩序をいかに樹立するかという難問が山積していった。20カ国をメンバーとする委員会の通貨改革案が作成され、ナイロビでのIMF総会での承認を待つことになっていたものの、そうした重大な国際経済・金融上の危機に対処して、真剣に将来の制度を討議するには、G10の国々の利害に大きな差異がありすぎた。そこで、最も大きな影響を受ける経済大国だけでの内々の話し合いの要望がくすぶっていた。そうした主要国の意向を察知した、時の愛知大蔵大臣は、主要国会議の時至れりと、当時のIMF総会の機にナイロビの日本大使館に密かに主要5カ国の蔵相だけを招いて、余人を交えず大臣達だけによる、差しの会談を計画した。当初は、関係国への影響を考えて参加をやや渋っていた各国大臣も、巧みにマスコミ等の目を逃れ、思い思いの服装で日本大使館に集まってきた。これが非公式ではあるが、いわば主要5カ国蔵相会議の始まりである。当時集まったメンバーは、日本:愛知、イギリス:バーバー、フランス:ジスカールデスタン、ドイツ:シュミット、アメリカ:シュルツというこの後の世界政治を担うリーダーであった。会談は文字通り、大臣達だけで一切の補佐官も排除して長時間話し合われた。

この会議は、マスコミの目を避け、極秘の内に開催されたものの、こうした国際会議で秘密を保つのは至難のことで、特に招待されなかったECのG10メンバー国の不満は大きく、ドイツ、フランスの大臣達は後のG10会議できつく非難された。

しかし、'73年にオイルショックが発生し、世界経済が混迷を深めると、再び先進国だけによる腹を割った話し合いの必要性が認識されてきた。そこで、ジスカールデスタン大統領により、ランブイエでG5の国の首脳を呼ぶ先進国サミットが提唱された。この時、シュミット独首相がいの一番に賛同したのも、愛知大蔵大臣が密かに画策した会議の成果を踏まえたものであったと思われる。一方、各国の識者達によるノン・ガバメントの会合が、首脳会議の事前に行われ、問題の荒ごなしの役割を果たすようになった。世界経済成長のSustainability(持続的な成長)といった専門的な議題を、必ずしも得意としない首脳も加わるようになったため、シェルパ(Sherpa)という政府役人が事前に会議準備することが慣例化している。しかし、ために首脳会議の持つ決定の厳粛性とか意外性がやや衰えている面もある。また、だんだんこうした国際会議も政治的な受けを狙った政治ショーと化しているとの批判も聞かれるようになり、新しい時代へのアジェンダ・セッティングの指導性について、やや疑問をはさむ欧米の論議も聞かれるようになった。

先にも言った如く、国際会議というものは、開くことによって万事が片づくということではないが、開けない、主要国同士が話し合わないことで与える悪影響は計り知れないものがある。平穏な情勢下にあって、冷静に議題を討論・合意することの有用性は非常に大きい。

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