1996年01月01日

歴史教育

  細見 卓

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戦後50年を記念して、第二次世界大戦についてその反省と歴史的意味合いを再認識しようという試みが関係各国で行われた。しかし、そのいずれもが新しい平和に向けての強い転機とならずに、むしろ過去の戦争行為についての暴露や非難に終わった感があるのは残念至極である。

日本でも議会で戦争反省の異例の決議を行ったが、政治家間の意見も分かれており、むしろ今なお続いている日本人の戦争評価の混乱を露呈する結果に終わった。政府の閣僚達が日本の朝鮮半島統治の時代について度々韓国世論を刺激し、その反撃の勢いの余り辞任に追い込まれる事例が繰り返されている。日本の韓国統治時代に対する評価は現状では今すぐ共通の認識に達することは難しい。日本にはいわゆる皇国史観の影響が強く、その見方においてナショナリズムも強い。韓国側では今も日本が暴力で韓国の支配権を奪ったとする認識が大宗を占めているようである。韓国では宋の朱子学の名分の思想が強く、正当なる名分もなく現存する正当王朝を廃止することは認められず、日本による支配はただ暴力がなし遂げたものであるとしている。この認識の違いは戦後の日韓国交回復の基本条約締結の際に私自身強く印象付けられたところである。基本条約締結交渉の時、韓国側は日韓併合条約はそもそも正当に締結されたものではないという立場であり、日本側は日韓併合条約に基づく正当なる統治を行ったとする立場から、それは合法的で有効であるという立場をとった。これは北朝鮮の存在なくしてもそれぞれの考え方の背景からして当然であった。しかし、最終的に日本側の考え方は韓国側の完全な了承を得ることはできず、妥協として条約文において日本文では「日韓併合条約はもはや存在しない」それはサンフランシスコ平和条約の調印を以て失効したものと理解するとの玉虫色の表現とした。また、条約の正文である英文では、日韓併合条約について“already null and void ”として、alreadyについては「既に」という韓国側の解釈も可能として、漸く締結に至った経緯がある。当時の椎名外務大臣の英断と柔軟な判断で締結が可能になったものであり、歴史の根本的認識において両国が一致したものではなかった。

このような条約締結における両国の苦心の経緯が歳月の経過とともに忘れられ、国の指導的立場にある人さえ不用意な言辞を弄して韓国側の古傷を傷めるようなことが度々あるのは実に残念である。幸い今後両局が協同して当時の歴史的事実を客観的に調査することになったのは、感情的な一方的認識を避けられるという意味では有意義であるが、これにより両国が歴史的事実について共通の史観を持ちうると考えるのはいささか軽率である。

歴史解釈の王道は、過去の事実をいま現在の日本が世界の中で果たすべき役割にどう活かしていくかであり、その意味で「歴史は作られるもの」なのである。つまり、歴史は歴史的必然によって事実が起こったのではなく、少なくとも幾つかの選択の中で我々の国が選んだ道である。それが現在にいかに影響しているのかを考え、今後の選択の指針としていくのが歴史の解釈であり、史観であると思う。残念ながら日本において歴史の教育はいわゆる暗記物として、その時々に起こった偶発的出来事の羅列として教えられており、しかもほとんどの歴史教育は授業時間の関係で現代に関係の薄い戦国時代から江戸時代、せいぜい明治維新までが中心となっている。今我々が直面している社会事象が以前の歴史的出来事からどのように導き出されているか判断を下せるような教育が行われていない。確かに現代史を教えることは、そのよって立つ社会的背景を一定の見識を持って判断しなくては教授しにくいのは事実である。しかし、それがなされることで思考上の経験が豊富になるのであり、日本人の歴史認識に不可欠のものであるにもかかわらず、行われていないといわざるをえない。

今日の日本の立国の基本が、より自由で開かれ国際秩序の中で、平和で安定的な地位を獲得することだとするなら、太平洋戦争に至るまでの日本の行為はむしろ国際連盟の脱退にみられるように自己本位主義の拡大だったといわれてもやむをえないところであろう。戦後日本が平和主義の下に生きていかなければならないのであれば、自国の過去の事実をしっかり見つめて確かな史観を持たなければ、いつまで経っても謝罪を繰り返すだけで超克がない。更に、近時、近隣諸国に勃々として起こっているナショナリズムに対処していけなくなってしまうことを恐れている。

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