1995年12月01日

金融機関の危機

細見 卓

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10月初めのIMF・世銀総会に出席して、多くの人との会談によって近来にない大きなショックを受けてきた。中でもOECD主要国の金融責任者であった人達の会合であるいわゆる「The Group of Thirty」での議論は、自分が30年余、国際交渉の場に臨んで受けてきた日本に対する評価や印象と全く違っており愕然とした。

従来の日本は経済成長が断トツであり、国際収支までが大幅黒字で世界経済の超優等生という評価を受けていた。今回はその逆で、OECD諸国はおしなべて経済の健全性と成長を取戻しつつある中で、日本だけが例外的に未だ不況に喘いでいる。またOECD諸国の金融機関もバブルの崩壊によって困難に遭遇したが、大変な苦労を重ねて概ね健全性を回復している。しかし、この面でも日本だけは改善の成果が上がっていない。言葉を換えていえば、今までは優等生すぎると皆から妬まれるような立場であったのが、今度は劣等生として見下される立場になってしまっていた。

日本の金融行政はいわゆる護送船団行政で一つの金融機関といえども崩壊させず、それによって信用秩序は保持されているのだという建前になっている。そのために当局は東京信用組合等にみられるように、表面化してきた幾つかの金融不祥事が全般に悪影響を及ぼさせないために、資本主義の立場からは容認できないようないわゆる行政指導、あるいは政治指導といったものが行われてきた。しかし、国民の税金を以て金融機関の後始末をすることにはさすがに抵抗が大きく、今日尚、住専を初め幾つかの問題が未解決になっている。

我々がこのような国内問題に関心を示している時にも諸外国の日本を見る目は冷静であり、事態の真相を見抜こうとする強い立場をとってきた。日本の金融機関は、戦後の資金不足の時代にあっては家計の零細な資金を仲介して、成長過程にある企業に提供するという役割を果たす点で有効であった。そのために金融機関を一般金融機関から地域協同金融機関に至るまで、機能別、顧客別に細かく区分して有効な資金の吸収チャネルとしてきた。しかしながら、今日ではこうした細分化は資金の需要と供給の関係を返って窮屈にしてしまう梗塞として働くようになってきている。このような制度的な問題に対しては、本来制度自体を改正して対処すべきであったにもかかわらず、根本的な改正は既得権に固執する関係業界に妨げられ、いわば外圧による規制緩和という中途半端な改革に終わっているのが現状である。

例えば、金融の証券化が世界の大勢であり、欧米ではこの方向に対応すべく異業態の合併や金融機関同士の合併が今、盛んに行われている。しかし、日本では同種金融機関同士の合併こそ見られるが、金融の狭い業態別の垣根を取り除いて、変化する産業界の需要に対応できるような大型改革は見られない。横並びの競争で僅かなマージンであっても取引の量的拡大によって利益を上げようとする型通りの金融業務に特化するところがまだまだ多いといわざるをえない。ところが量的拡大のために必要な外貨調達においてジャパン・プレミアムという高コストが新たな足かせになってきている。ジャパン・プレミアムはただ単に恒常的に資金力のない下位金融機関に課せられているだけでなく、今では本来国際競争力を十分持ちうる金融機関にも適用され、大きな打撃を与えている。

これまで「金融の空洞化」とは、日本の金融資本市場の活動がアジアの他の市場に移ってしまうことのみを指していたが、今や日本の証券金融機関そのものが空洞化していると見られていることをも含んでいるようである。米国では犠牲の多いレイオフを敢えて行い産業の活性化を図ったが、それが大きな社会問題に発展しなかったのは、製造業の余剰人員を金融を初めとしたサービス産業が吸収したためである。その意味では、日本でも「金融の空洞化」に対し、抜本的な対策が急務となっている。

まず、日本の金融市場から活動がアジアの他の国に移っていく空洞化については、日本の資本市場と再活性化されたユーロ市場とを比較してみると顕著である。人件費の高さや国際的な言語である英語を駆使できるスタッフの少なさを解消していく努力が必要なことは勿論であるが、債券発行にみられるような独特の規制によるコスト高は一刻も早く、制度的解決を図っていかなければならない。規制緩和による関係業界への影響が少なくないことは否めないが、日本市場を魅力的なものとして外資を引きつけないことには市場そのものが衰退してしまうことをこの際、真剣に考える必要がある。

次にじり貧状態の金融機関の活動を活性化するには、これに付随する不良債権、資金不足といった問題を一刻も早く解決する以外に方法はない。横並びの方法でいたずらに解決を長引かせるのでなく、強いリーダーシップの下、一日も早く、一行でも多く健全な金融機関に再生することで国際的な信頼の回復に努めるべきである。

金融業の強力な活性化が資本輸出国日本の将来にとって不可欠であるのは論を待たない。危機にある金融機関を一日も早く変革して、世界的競争力のあるものに生まれ変わらせることは焦眉の急といえよう。

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