1995年10月01日

過熱するアジアBOTプロジェクトと日本企業の対応

高橋 敏信

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<要旨>

  1. 「BOT(Build-Operate-Transfer)方式」は、発電所や道路などのインフラ整備に民間資本を活用する経済開発手法の一つであり、もともとトルコの火力発電所建設計画で考案されたプロジェクト・ファイナンスの一形態である。この方式は、民間の事業者が自らのリスクでインフラ設備の建設から運営まで請け負い、投下資本を回収した後、現地政府に低価格で譲渡することを基本とする。このため、開発資金の不足に悩む発展途上国にとって利点が大きく、80年代以降、特にアジア諸国で数多くの計画が立案されている。
  2. ただし、BOT方式は「営利を目的とする民間事業者」による「非営利の公共インフラ建設・運営」という構造的な矛盾を抱えている。特にインフラを建設・運営する民間事業者にとっては、収益性や事業リスクの点で問題が多く、料金設定や設備引渡条件をめぐって契約交渉が難航するのが普通である。このため実施に至るには時間と労力を要し、フィリピンの火力発電所や中国の高速道路事業など一部を除けば成功案件と言えるものは少なく、BOT方式によるインフラ開発の有効性に対する評価は現在でも定まっていない。
  3. それにもかかわらず、アジアでは90年代に入ってからもBOT計画が増え続けている。その背景には、成長著しいASEANや中国、ベトナムなどが少しでも有利な開発資金を調達するために、外国の民間企業を競わせながらBOT計画へ誘導するという一種の開発戦略があると考えられる。また、外国民間企業側にもBOT計画への参画を契機に、中国やベトナム市場で商権を拡大したいとの思惑がある。このため、アジアでBOT方式によるインフラ開発を模索する動きは当分続くものと思われる。
  4. このような動きのなかで、アジアで商談を進める外国民間企業の動きも活発になっている。特に電力分野では、欧米企業が自国内でのIPP(独立電力事業)の経験を背景にBOTプロジェクトで受注実績を増やしている。また、有料道路事業では華僑系地場資本が迅速な意思決定と大胆なリスクテイクで先行している。一方、成長が期待される通信事業分野では、BOTによる通信事業権の獲得に向けて、欧米の通信事業者、機器メーカーや日本の総合商社が入り乱れて熾烈な競争を展開するに至っている。
  5. BOTプロジェクトが増えるなかで、案件の大型化や現地政府による優遇措置の制限など、新たな問題も浮上している。また、民間主導による開発には対象国や地域、インフラ分野の偏りなどの問題もある。アジア諸国のインフラ整備におけるBOT方式の活用は一つの潮流として定着することは確実とみられるものの、インフラ開発における役割は補充的なものにとどまり、BOT方式が有効な分野は事業収益性が比較的良好な電力、通信、有料道路などの分野に限られてくるとみられる。この結果、これらの分野における企業の受注競争はますます激しさを増してくると考えられる。
  6. このような競争環境のなかで、これまでBOTに慎重であった日本のメーカーも積極的なリスクテイクを求められている。特に重電プラント、通信回線などの分野では、出資まで行わなければ、欧米企業との受注競争に勝てないという状況も生まれている。ただし、日本企業のBOT参加には困難も予想される。日本企業独特の集団的意思決定がBOTへの参加を遅らせているという事情や、日本では欧米のように政府のパックアップを期待しにくいという問題もある。今後、日本企業はアジアのインフラビジネスで、国際的な事業展開のあり方や資金調達能力など総合力を問われてくると考えられる。
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