1995年10月01日

過渡期を生きる

  細見 卓

文字サイズ

現在の日本経済は、ゼロ成長に近い状態が3年以上続いており、国をあげて行き詰まりと閉塞感に満ちている。一時の円高、株安の最悪期からは脱したようにみえるものの、今後の日本経済の方向性、及びその基盤となるべき国の針路についての明確な展望と力強さが感じられない。

戦後の日本を振り返ってみても朝鮮戦争からサンフランシスコ平和条約、及び日米安全保障条約の締結に至る過程は、国としての進むべき方向が不明確な時期であり、国論は分裂し、意見の対立があった。経済成長についても現在と比べると高いが、その後の高度成長と比べるとまだまだ不十分な水準だった。しかし、安保条約が締結され日本の針路が截然となってくると、二桁成長のような高度成長が続き日本は戦後から脱することができた。三井三池炭鉱の大争議が終結し、日本的社会労働秩序も確立の方向に向かった。

その後起こった原油の禁輸、価格の大幅引き上げ、更には既にその前から起こっていた固定相場制の崩壊といった外的な不安要因が、一本調子の日本の国際貿易による拡大、発展に大きな転機をもたらし、混乱の時代が始まった。日本はその間、省エネ政策の励行、中東外交の展開等の努力を重ねて困難克服に努めた。その努力が石油危機の解消と相まって、1970年代の中頃から80年代の後半にかけて世界に類例をみない大発展を生み、日本経済は超一流と評価されるところにまで至った。

ベルリンの壁の崩壊は新しい平和共存の世紀の始まりの象徴として捉えられ、世界は再びパラ色の成長路線に戻ると期待された。しかしながら現実は東欧諸国の不安定、中南米諸国の経済混乱等により、新しい世紀の世界経済は単純に至福の時代ではないという環実がみえてきた。そして欧米諸国はかなり回復してきたとはいえ、世界経済は未だ失業を抱えて低迷しており、加えて東西冷戦構造の終結でみられる既成秩序の崩壊の影響は深刻なものである。このことは日本においても顕著である。ソ連という仮想敵国を失った後の日米安保の在り方、経済の回復とともに攻撃的になってきている中国の強い対外姿勢、いつ解決するともみえない朝鮮半島の対立、更には極東にも大きな地理的存在感を示すロシアの将来の対外姿勢。地域集団安全保障の枠組みのないまま、一応順調な発展を続けているAPEC諸国の今後の政治・経済の連帯の在り方、更には台頭するインドの世界経済に与える影響等、既存概念の枠組みを超え、現状からは確実な予測をすることが困難な不安定が満ちている。

アジア諸国の経済の発展とその地域的な連帯の強化については、着々と進歩がみられるといえども、EUにみられるような政治・軍事的連帯、統合への共同意識に支えられていないアジアの発展には将来にあたって幾つかの危倶がある。EUの発展は対立を含みつつもメンバー諸国の主権の部分的放棄に至る強い連帯を考えており、その意味では国境の撤去に繋がる強い政治的意志が働いている。それに反しアジアでは、それぞれの国の主権に根ざす国境が厳然と存在しており、国境を超えて浸透する経済活動に対して主権や政治の保護はないままである。

90年を境に日本のAPEC諸国に対する投資が目立って減少しているのは、国内の不況が大きく影響していることも事実だが、経済の国境と政治の国境の違いからくる不安が影響していることは否定できない。戦後50年、いわばパックスアメリカーナの時代、日本は安全保障の問題を忘れて政経分離、経済の勢いの赴くままに行動し、自由貿易のチャンピオンになろうと念じてきた。しかし、先般の日米自動車交渉にみられたような政治が露骨に経済に関与するアメリカ等のような動きは今後無視できなくなるだろう。いわゆるメガコンペティッションというような新しい時代の開始にあたって、経済が政治・軍事の翼下を離れてWTOの下、合理性に基づいた経済行動が保障されるような時代を目指しているのは事実だが、今すぐそれを全面的に信頼して素手で海外活動を無制限に拡大し、経済に国境無しと考えることには危倶がある。まだまだ大きな不安や疑念が残っている。そしてこの不安、疑念が今の経済の回復力の弱さであり、本格展開への逡巡となっている。難しい、予見できない将来に対しての道案内は外交であり、その支援は政治の本務であると思われるが、その政界が現状では混沌としており、国の対外基本姿勢も十分に議論されておらず、またそれだけの強い指導力も整っていない。

もちろん国内市場にも未だ多くの開拓の余地が残されており、大型財政措置の有効性も残されていることは事実である。しかしそれは限られた効果である。現在の閉塞状態の根本は、日本経済が本当の意味で世界経済と混じって競合していかなければならない時に、その前提として不可欠な政治、外交あるいは安全保障といった基本的な対外政策の基盤について国民が自信が持てないということであり、それが停滞を長引かせている。政治の混迷を傍観者の如くみていたのでは、新たなる世界経済の変革に進んで乗り入れていくことができなくなる。世は真に大変革の時代であり、新しい時代の準備に傾注すべきである。一日も早く、日本人が自信を回復して新しい時代に立ち向かう決意を持つことができるよう、またそのために不可欠な強い指導力を持った政治・社会の確立を期待したい。

このレポートの関連カテゴリ

細見 卓

研究・専門分野

レポート

アクセスランキング

【過渡期を生きる】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

過渡期を生きるのレポート Topへ