1995年03月01日

アセアン市場に向かう日本の自動車産業 -2000年には日系メーカーにとって第3の市場ヘ-

  加藤 摩周

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<要旨>

  1. 80年代から始まった日系メーカーの海外現地生産は、ほぼ4段階に分けられ、現在はその第4ステージに突入しつつある。第1段階は80年代前半で北米における貿易摩擦回避のための輸出代替、第2段階はプラザ合意後の円高による採算性低下回避のため、欧米における生産能力を増強した80年代後半で国内のバブル景気もあり、国内外の生産能力増が両立した時期であった。しかし第3段階では、93年以後の急激な円高により国内生産と海外生産はトレード・オフの関係になり、各社の欧米戦略では現地生産の拡大、部品現調率の向上など現地化が鮮明となった。そしてこれからの第4段階では、能力拡張の主力がアセアン市場に向かっている。欧米拠点が回収期に入る一方で、アセアン市場は日系メーカーにとって、2000年には日本、北米に次ぐ第3の規模を持つ「21世紀の市場と競争力」を確保するための重要な市場となる可能性が高い。
  2. 日系メーカーのアセアン市場進出は、歴史が古く、部品調達体制も一通り揃っており、各国内で圧倒的な競争力を有していたが、市場規模が小さいため国際競争力は育たなかった。しかしここにきて各国がアセアン・トータルとして国際競争力確保のための協調政策を採用し、開放政策に転換しつつあることから、今後は部品の大型集中投資や、部品メーカー、サポーティング・インダストリーの進出が促され、近い将来には国際競争力の向上が期待できるようになりつつある。
  3. アセアン諸国では、80年代後半からの直接投資の効果で産業高度化、所得水準の向上が着実に進んでいる。モータリゼーションの本格化に必要な1人当りGDP3,000ドルの水準を既に超えている地域もあり、2000年にはアセアン全体で現在の2倍近い市場規模が期待される。一方でモータリゼーションの発達に欠かせない道路等インフラ整備は追い付かず、また自動車産業固有の問題として、未熟なサポーティング産業や技術者、管理者の不足、等の問題が存在する。
  4. 筆者の予測では、アジア市場の生産規模は2000年で1,200万台、2010年で1,900万台、うちアセアンは各々230万台、440万台に成長する。すなわち15年後のアセアンにおける日系メーカーの生産規模は、現在の北米での能力を上回ると予想される。このなかでアセアン市場は各国の特性に基づいた、アジア・カーの開発・生産・供給拠点のみならず世界への基幹部品の供給拠点としての成長が期待される。
  5. 市場規模の拡大は、開発・生産拠点としてのアセアン拠点の自立性を高める一方、現在の国内拠点の役割は相対的に低下しよう。国内拠点の役割の低下は短期的には「空洞化」の様相を呈するだろうが、長期的には若年労働者の不足、後継者不足に悩む下請け部品メーカーを抱える日本の自動車業界にとって、プラス要因に転じていく可能性を持っている。そのためには、アセアンと「共生」をはかり、自らの成長戦略にアジアを組み込んでいくことが必要である。これまでの国内親会社中心のオペレーションから、人事を含めた本格的な「連結経営」への切り替えが不可欠となろう。

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